医療従事者よありがとう!!!

  2018年6月19日付けの当欄に「入院してました」という記事がある。ある日突然心臓に激痛が走り、それが日に数回あったので、あわてて病院に駆け込んだところ、即入院させられてしまったというはなしだ。
  そのときほどではないが、似たような痛みを、4月の下旬ごろから、ときどき胸に感じるようになり、これはヤバいと思ってはいた。しかし当時は(いまでもそうだが)できるだけ病院には近づきたくなという心理があってしばらく放っておいた。そしたらだんだんと痛む頻度と強度がエスカレートしてきて、もうそうなるとコロナどころじゃない。このままじゃ心臓が破裂しちゃうと思い、とうとう病院へ駆け込んだら、やっぱりまた入院だった。
  金曜日(11日)に入院し、さっき(13日の昼)退院してきた。
  今回も2018年のときとおんなじで心臓の血管に問題があり、一部の血管が極端に細くなって血流が悪化していたのだ。対応処置として当該箇所にはステントと呼ばれる金属のパイブ(太さ2.5ミリ長さ18ミリ)を埋め込んで無事修理(?)完了。
  おかげで当分死ぬことはなさそうだ。
  医療従事者のみなさんありがとう!!!!

病名は「不安定性狭心症」だそうだ。結果的にそれほどヤバくはなかった。しかし前回2018年のときは、やや心筋梗塞に近く(虚血性心臓疾患)、放っておいたらヤバかった、らしい。

棚の位置が少し変わりました

 しばらく自粛休業していた秋葉原のラジオ会館が6月1日から全館再オープンしています。当欄の読者ならご存知と思いますが、このビル6階のホビーショップ・イエローサブマリンの中に「はがいちようのミニチュアコレクション」というショーケース(通称:イエサブの棚)があり、ここに小さな作品や、海外で買い集めたミニチュアパーツなどがドッサリつまっています。(もちろん全品値段付きで‥)。
 おととい、再オープン後にはじめてようすを見にいったところ、な、なんとわたしのショーケースが、向かって右手の方向に、5メートルばかり移動しているではありませんか。休館中にスタッフが重いショーケースを、中身はまったくいじらずに、ソロ〜っと引きずって動かしたとのこと。
 おかげさまで以前よりは良い位置になり、嬉しい驚きでしたが、みなさんが現場に行って迷わないか、心配です。元の場所のすぐ近所ですので少しキョロキョロしてみてください。すぐに見つかると思いますので‥。
 どうぞよろしく。

イエサブの棚の前で。
以前このビルは外国人客(特に中国人)で常に大混雑していましたが、この日は閑散としていました。

わりといいでしょ?

 お陰さまで(?)例の宣言が解除されたこともあり、ギャラリー見物や、教室で習いたいとかの理由で、たまにはお客さんが見えるようになった。そして、はなしはいつのまにかコロナのこととなり
 「先生、机のまわりにビニールシートでも垂らしたらどうですか?」
 きのう来た客にそう言われた。
 「おお、それはいい!!!」
 突然落雷にでも打たれたようにビクッと反応し、さっそくハンズに走り、材料を調達して、本日たったの1日で「感染防止ビニールバリア付き超絶(?)いちようデスク」が完成した。
 *塩化ビニール0.25t×3メートル—-4,356円
 *ナイロンバネクリップ8個—–2,446円
 *ホワイトウッド18×40×2000mm×4本——-¥1,311円
 しめて8,113円。
 ——–わりといいでしょ?

むかしの蚊帳(カヤ)に入っているみたいで、なかなか落ち着く。いまのところ気分は悪くない。

白いダノンをリフォームしました

 むかしつくった作品をいま見ると、気に入らない箇所ばっかりが目につき、無性に直したくなる。ふだんはぐっとこらえているが、こんな時期なので、思い切って「白いダノン」(アートインボックス作品1/12)をリフォームした。
 本作を制作した1997年ごろは、壁掛け式という用途を満たすため、アートインボックス作品はできるだけ薄くつくるよう心がけていた。当時の作品はどれも厚さ130ミリ(舗道部分を含めて)しかない。したがって店の中が覗かれぬよう、どの作品もウィンドウにはブラインドが下がっている。ところが本作はブラインドの隙間からけっこう内部が見えていて、まず第一にそこが気に入らなかった。
 よって今回は、内部に奥行き感をもたらすため、店の裏側をうしろに7センチ出っ張らせ、店内を増床した。おかげでブラインドのスキマから覗いた景色がだいぶんよくなった。ついでに二階の窓の内部も増床し室内に電灯を点けた。そのためカーテンがほんのりピンク色に輝いて見える。(下の写真)。
 前回言及した「緑色のダノン」も数年前に店内を増床している。「錠前屋のルネ」も「炭酸入りのレモネード」も、その他いくつかのふるい作品はヒマなときに増床し、みんな一軍に上がった。ところが本作の場合は、肝心かなめの絵(店頭の絵)がダメなのでまだまだ二軍だ。そのうちコロナの第二波でもくれば、そのときには絵も直してあげたい。

リフォーム後の写真「白いダノン」。
正式題名「ル・マタン・ブロン(白い朝)」

DANONE(ダノン)三部作

 ショーウィンドウに食品メーカー「DANONE」のプレートがあるアートインボックスを、過去に3種類つくっている。看板には、BEURRE(バター)、OEFS(卵)、FROMAGES(チーズ)の文字がならんでいる。そこまでは3作おんなじ。だがそれぞれの作品によって店の色が違う。最初につくったのが黄色い店で、次は緑、その次は白だった。アイデアが枯渇したとき、そうして色違いの作品をつくって点数を稼いできた。
 新宿伊勢丹の小冊子、1996年の12月号に、最初につくった黄色い店(黄色いダノン)が載っている。これががすぐに売れ、直後に手がけたのが緑のダノンだ。緑もなかなかの人気で「DANONE 1944年夏」というタイトルをつけて、おなじものを過去に4点つくった。3点は売れ、最後の4作目を、現在自宅ギャラリーに展示している。
 黄色の初作と緑の初作はともに1996年に制作し、両方伊勢丹で売れた。
 これに味をしめて翌1997年に、ほとんどおなじアイデアの、今度は白いダノンをつくった。ところがこれがうんざりするほどの駄作で、実はずーっと隠してきた。ところが2年前、「やすらぎの郷」なるTVドラマの撮影に4〜5点貸してほしいといわれ、わたしは「二軍でよければ」と答えた。貸し出し期間が超ロングわたるため一軍に去られてはちと困るのだ。そこである日、二軍ばっかりを集めて担当者に見てもらった。すると彼は出場者のひとりに白いダノンを選んだ。
 「ひゃ〜、こんなものがテレビに映るのはたまらん!!」
 恥ずかしさのあまり貸し出す直前にあわてて小リフォームを施した。
 直されて少しはマシになった作品たちは、そのあと長いお勤めに出て、ことしの一月に全員そろって戻ってきた。しかし彼らの顔をマトモに見る間もなくこのコロナ騒動である。
 一方こちらはにわかにヒマになり、もういっぺん白いダノンに手をかけて、さらにマトモな姿に直したいと、ついに作品の蓋をあけてしまった。
 以下次号——。

緑のダノン。正式題名「 DANONE 1944年夏」。1944年春にノルマンジー上陸作戦があり、夏にパリが解放された。したがって題名は「解放された夏」とでもいう意味。

かわいそうな舟ちゃん

 4月3日、通りのはす向いに「舟ちゃん」という居酒屋がオープンした。志村けんが飲み屋で感染しコロナで亡くなってからいくらも経たないころで、最悪のタイミングだ。
 その居酒屋は、以前は焼き肉屋「ビッグワン」だった所にあり、人通りはほとんどない。それでもビッグワンの時代にはママの愛嬌に支えられ、近所の家族連れで常に賑わっていた。放課後によく出かけたので知っている読者も多いだろう。ところがある日ママがマスター(旦那)と喧嘩して店を出て行ってしまい、以後客足が途絶え、まもなくつぶれた。(当欄2013年11月23日付けの「近況②」に「馬鹿なマスター」と題する記事があります)。ビッグワンが去ったあと、おなじ場所に別の焼き肉屋がオープンしたがこの店もすぐにつぶれ、それ以降このへんには店がなくなってしまい、非常に困っていた。そしたらである。今年の正月に、ビッグワンの店跡に張り紙を発見。「品川の店をたたんで、4月の初旬に、この場所で新しく居酒屋をオープンします。どうぞよろしく。舟ちゃん。」と書いてあった。
 「うわっ! やっと近くに店ができる!!!」
 一番よろこんだのは多分ぼくだろう。
 それなのに、それなのに、このままじゃきっと舟ちゃんはつぶれてしまう。
 1月に外装を、2月に内装をいじっていた舟ちゃん。3月には大方の準備が済んで、予告通り4月に店を開けたんだろうが、いつ見ても客がまったくいない。それでも舟ちゃんは毎日店を開けつづけている。はやくみんなで出かけて行って焼酎の一杯も飲んであげたいが、いまはこっちの教室も自粛中、ああ舟ちゃん、かわいそうでしょうがない。

昼ごろ開店し7時に閉店。密閉にならぬためだろう、常に入り口の扉を開けている。
ふたたびまた飲み屋に客が訪れる日がくるのだろうか。

風呂屋をリペアーしました

   当ホームページ「Works」のセクションを改造し、作品ごとに、まとまった量の写真を鑑賞していただけるよう、ただいま写真の整理整頓にはげんでいる——-と、以前ここに書いた。
   それにしても写真の量がハンパじゃなく、砂山で一粒の砂を探すがごとき地道な作業がいまもつづいている。それでも、どうしてもよい写真がみつからなかった場合は仕方がない。倉庫(荒川区)まで出かけて行って、作品を回収して撮り直すしかない。背丈を越える作品の山(木箱の山)の中から一点を見つけだし、スタジオに運び、木箱のフタをあける。そうしてめでたく写真が撮れればよい。だがどこかが壊れていたりすると面倒だ。例えば歩道に塗ったパテの皮膜が剥がれていたり、ペランダの手すりが曲がっているなど、よくある。だが根本的欠陥がある作品だったりすると修理のしようがなく、撮影ができない。そんなときには思い切って直すのだ。といってもできるだけ大改造にはならぬよう、極力最小限の処置で、可能な限り写真映えのする作品に直す。
 砂山での写真さがしがいつのまにか作品のオーバーホールへと発展し、かくしてステイホームの日々は、倉庫への行ったり来たりや、ステイマイスタジオでの直しの思案に明け暮れて、サラサラと静かに過ぎていく。
   下はリフォーム後に撮った一枚。最初は内部がまっ暗で奥行き感がほとんど感じられなかったが、そこにランプシェード一個とLEDライト3個を取り付け、更に作品の裏側2か所に窓を開けた。これらの処置によってそれまで暗かった内部が、だいぶん明るくなった。

1999年制作の「BAINS/2月のパリ」(1/12)
BAIN(発音バン)は浴槽の意。Sは複数形。風呂屋(銭湯)である。