「キャフェ・ル・マルソワン」

 「壁掛け式の、立体的な、絵のような作品をつくれませんか、遠くからでも目を引く、立体画のような、なにかパッとした作品を…」
 1996年9月の下旬、新宿伊勢丹の美術部担当者から、だいたいは上のような趣旨の提案を受け「わかりました。なにか考えます‥」と答えた。が、その場ではなんのアイデアも持っていなかった。実はその年の暮れの12月25日から30日までの6日間、新宿伊勢丹で「はが展」開催が決まっていた。冒頭の言葉は、その打ち合わせの場で飛び出した伊勢丹側の発言だ。
 当時わたしがつくっていた作品は、SLを収納するための木造の機関庫や、線路の保線事務所や給水塔など、鉄道関連のジオラマ作品ばかり。そういった作品は通常台の上に乗せて展示するものなので、それだとギャラリーの壁がガランと空いてしまう。
 「12月の繁忙期にガラ空きの壁はマズイんです…」
 と、担当者から懇願され、仕方なくわたしは「立体的な絵」を追加で20点つくることをその場でお約束し、その日の会合はお開きに。
 お開きのあと、電卓を叩いて愕然とした。9月の下旬から搬入日までは95日。95日を作品点数の20で割ると、なんと4.75日。立体画一点を4日半強でつくらねばならぬ計算なのだ。
 翌日からは、そうか、壁が空くのか、壁があく…と、丸一日ぶつぶつギャラリーの壁ばっかりを考えた。壁。壁。壁。すると突然「壁と言ったらユトリロだ !」と閃いた。もうグダグタ言っている猶予はない。この際はユトリロのような、パリの壁を中心とした作品ばっかりを大至急つくるっきゃないと腹を決めた。
 で、結局、約束の20点には及ばなかったものの、拙展当日のギャラリーの壁には、小作品も含めて計16点もの立体画を並べることができた。その16点の中には本日のお題である「キャフェ・ル・マルソワン」の姿(?)もあった。
 5月9日発売の「トーキングヘッズ叢書No.98号」(アトリエサード刊)における「はがいちようの世界《第44回》」では、その「キャフェ・ル・マルソワン」を紹介させていただきました。