あけましておめでとうございます

 写真は中東ドーハの夜明け。
 日の出を拝むのはずいぶんひさしぶりだったので、しばし空き地のすみっこにたたずみ、昇ってくる太陽を見つめた。考えれば去年はこのとき中東へ行ったこと以外にたいした仕事をしていない。更によくよく考えれば去年ばかりではない。民主党の時代はずっと調子が悪かった。鳩山政権のときにはアパートが火事になり、菅政権では地震が起こり、野田政権では自転車が盗まれ、仕事が3本キャンセルになった。
 「民主党のバカヤロー!!」
 (ああ、せーせーした。)
 そして今度また自民党の時代になった。そのとたんである。不思議なことにパラパラッと小さな仕事がふたつ入った。さらに信じられないことに苦しんでいた腰痛までもが徐々に快方にむかい、いまではほとんど気にならなくなるなど、いいことが次々と起こっている。
 こいつは春から縁起がいいぜ。
 「わーっはっはっはーっ!」
 ——-本年もどうぞよろしく。

Dec.4,2012 at Doha


2013年1月4日

プチ忘年会のこと

 (またまた忘年会ネタで申し訳ない。)
 12月22日に今年最後の自由が丘教室があり、そのあとぞろぞろっとみんなで駅前の「居酒屋和旬」に移動して「プチ忘年会」のようなことになった。(下の写真)。
 この日駆けつけたくれたゲストのひとりに人形作家の三浦悦子さんがいる。
 http://dolly.vivian.jp/gsn_doll/
 最初、三浦さんが当クラブの重鎮佐野匡司郎(さのきょうしろう)氏のお向かいの席に座ったので、ぼくが彼女に佐野氏を紹介し、氏のご子息佐野好彦氏がクリーチャークリエーターであることを告げると「えーっ!本当ですか?!」と大騒ぎになった。三浦さんは好彦氏作によるクリーチャー作品を二体も持っているほどの好彦ファンなのだそう。
 「産んでくれてありがとう!」と彼女はペコリと頭を下げ、佐野さんに礼を言った。
 好彦さんを産んだのは佐野さんじゃなくて、佐野さんの奥さんなんだけどね…。
 ま、いっか。
 ——-佐野好彦氏については10月27日付当欄にも。

左列左より、らるかちゃん、みつぴー、穴熊さん、白石さん、太田さん、さえちゃん、
嶋本さん、玉ちゃん、シゲちゃん、シンちゃん。右列奥より、なべちゃん、三浦さん、
児嶋さん、木村さん、目黒ちゃん、いちようちゃん、ロバートちゃん、篠原さん、
越智さん、タカちゃん、井岸さん、池渕さん。
この写真に収まらなかった人々、矢沢ちゃん、佐野さん、山田さん、
遊馬さん、佐藤さん。


2012年12月29日

忘年会のこと

 恒例の「渋谷クラフト倶楽部」の忘年会が1 2月9日の夕刻、いつも通り「駒込磯太郎」で開催され、毎度おなじみの下のような写真を撮った。今回の参加者は43名。去年より7名少なかったがいつも通りの大盛況。
 黒いスタジャン着てったはずが、帰宅したときにはモスグリーンのフード付ジャンパーに変わっていた。いっくら酔っていたとはいえ、色もかたちも大きさも、ぜんぜん違うものを着て帰っちゃう自分の感覚にあきれた。
 間違えられたジャンパーの持ち主(けっとちゃん)にお詫びいたします。
 ——–m(_ _)m

左から、エディーちゃん、タマちゃん、ケットちゃん、島本さん、目黒ちゃん、
岸本さん、ナベちゃん、おがおが、時田さん、手柴さん、ドンスクちゃん、大田さん、
ヤマトちゃん、剣持さん、みつぴー、池渕さん、大内さん、矢沢ちゃん、ユウちゃん、
いわくらさん、順ちゃん、かおりさん、山ちゃん、マキノちゃん、いちようちゃん、
チカちゃん、さえちゃん、シゲちゃん、らるかちゃん、タカちゃん、伴ちゃん、
イナバちゃん、河野さん、田上さん、山脇ちゃん、山口さん、阿部さん、羽賀さん、
シンちゃん、まゆみちゃん、穴熊さん、相澤さん、佐野さん、


2012年12月22日

続・中東のはなし

 ドーハ(カタール)へは計4点の作品を持参し、それをアラブの青年に手渡し、代金を受け取り、以前販売した2点の作品を修理するというのがこのたびの仕事だった。
 その青年の名前はアフマド・アル・タニ。5年ぶりの再会である。
 彼はあいかわらずひょろっと背が高く若々しかった。だが今回はきちんとアラブの白装束を身にまとい威厳に満ち、静かにしゃべり、ゆっくり歩いた———と、彼について、もっともっと書きたいところだが、どうも当人が自分のことを伏せたがっているふしがあり、いくら日本語とはいえ彼の身分や住んでいる家など、プライベートな情報はできるだけ出さないほうが無難と考え、今回これ以上は書かないことにする。
 だがしかし最初の24時間で今回のわたしの任務はほぼ完了し、あとはイスラムミュージアムを見物したり、スークを歩いたりと、アラブっぽさを求めて町をほっつき歩いた。
 スークとは迷路のような路地路地に絨毯屋やパイプ屋や動物売りがひしめく「ペルシャの市場」といったところ。
 (下の写真)
 ものめずらしさに気をとられていたら、歩道の段差にけっつまずいて突然すっころんだ。しこたまひざを打ち息が止まるほど痛かった。路上に倒れてうずくまっていると、「大丈夫か!」と駆け寄った男性が手を取ってくれ、近所のベンチまで運んでくれた。一瞬骨折したかと思ったが、さいわいそれはなく一安心。
 ●そこで一句。「アラブにてあぶら汗かく痛みかな」
 ——–お粗末でした。

スークの中央通り。
この写真を撮ったあとすっころんだ。


2012年12月15日

中東から帰還せり

 カタールから帰ってまいりました。
 “無事帰還”と書きたいところですが、帰る直前に市場(スーク)の石だたみですっころび、しこたま膝を打ってしまい、よろっとびっこをひきながらの帰還でした。現地カタールにいたのはたった2日でしたが、その間にいろんなことがありましたので、ものすごく長い時間のように感じています。
 アラブの首長国カタールの首都ドーハの空港に着いたのは、まだ薄暗い12月4日の午前4時半のことでした。ところがわたしの受託手荷物(作品を梱包した木箱)だけがいつまでたっても受け取れず、外に出たときにはすでに6時に。もう出迎 えの「使者」が帰ってしまったのではと非常に心配しましたが、使者は律儀にも「ICHIYOH」と書いた大きな看板を掲げて、ちゃんと待っていてくれました。
 まずは第一関門クリアーといったところです。
 「使者」はさっそく私の荷物(作品)を車に積み込んでくれ、そのままホテルへと向かいました。(下の写真)。
 ——以下次回。


2012年12月8日

カタールへ

 2007年シカゴのミニチュアショーに出たときのこと、中東のカタールからやってきたというひょろっと背の高いアラブの青年がたくさん買ってくれた。青年はジーンズにシャツというラフないでたちながら、ひとりのカバン持ち従えていた。こっちは小柄な中年男だったがビシッと背広を着込み流暢な英語をしゃべった。
 いつも青年が先にぼくのテーブルへやってきて、買いたいと思う品物を指差し、そのまま彼はすっと隣のテーブルへ行ってしまう。その直後、背広の男が顔を出し、青年が指差した品物のカネを払い、カバンに詰める。そうやって彼らは二人組みで、何度もぼくのテーブルをおとずれ、結局はトランク一杯分の品物を買ってくれた。
 オイルマネーの連中が金持ちだってことは報道で知っていた。だがカバン持ちを従えて、趣味の買い物をするなんて、一体どんなヤツなんだと、ぼくはその青年に興味がわき「壊れたら修理いたしますので遠慮なく連絡をください…」と紙に書いて、メールアドレスを手渡した。
 それから5年、青年はなにも言ってこず、以後シカゴにも一度も顔を見せなかった。
 そしたらである。今年の夏、ひょっこりその彼からメールがあった。「あなたの作品をもっと買いたい…」という。
 ある程度まとめて、らしい。
 という訳で、来週ちらっとカタールまで行ってきます。
 ——-(12月3日出発・6日帰国の予定)。


2012年12月1日

ん?ビューティフルピープル?

 (またまたフェイスブックの話題で申し訳ない。)
 フェイスブック友達にイスミニ・カラリ(Ismini Karali)という人がいる。アテネ在住のデザイナーだそうだ。同時に彼女は世界中のアーチストを紹介するウェブサイト「ビューティフルピープル・プロジェクト」なるものを立ち上げていて、この8ヶ月で12万件以上のアクセスがあったという。
 先月、そのイスミニさんからメールがあって、あなたをビューティフルピープルに選んだので、インタビューに答えてほしいと言ってきた。一瞬ネット版「オレオレ詐欺」かと思ったが、彼女のサイトを見ると案外まともそうなので、応じることに。
 で、出来たページが下である。
 最下段にコメント書き込み用の窓がある。ぜひ何かを書き込んでほしい。「Cool !」「Good!」などのひとこと英語でもOKだろうし、日本語でもかまわないハズ。
 http://www.thebeautifulpeopleproject.com/#!/2012/11/ichiyo-haga-three-dimensional-miniature.html
 ①まさか日本語が載るとは知らず、かっこいいことを言ってしまい反省している。
 ②自己紹介の英文で私の名前がKazuhiro Hagaになっているが、これは間違い。
 ③ホームページから勝手に写真を使ってもよいかと問われOKした。そのため佐野匡司郎作品が一点まざってしまった。(下から二枚目の写真がそれです)。
 ——–佐野さん申し訳ない。どうかお許しを…。

本当はここにイスミニさんの写真を掲載したかった。
だが掲載しちゃならんと書いてあり、仕方なく私の写真に。


2012年11月24日