続・中東のはなし

 ドーハ(カタール)へは計4点の作品を持参し、それをアラブの青年に手渡し、代金を受け取り、以前販売した2点の作品を修理するというのがこのたびの仕事だった。
 その青年の名前はアフマド・アル・タニ。5年ぶりの再会である。
 彼はあいかわらずひょろっと背が高く若々しかった。だが今回はきちんとアラブの白装束を身にまとい威厳に満ち、静かにしゃべり、ゆっくり歩いた———と、彼について、もっともっと書きたいところだが、どうも当人が自分のことを伏せたがっているふしがあり、いくら日本語とはいえ彼の身分や住んでいる家など、プライベートな情報はできるだけ出さないほうが無難と考え、今回これ以上は書かないことにする。
 だがしかし最初の24時間で今回のわたしの任務はほぼ完了し、あとはイスラムミュージアムを見物したり、スークを歩いたりと、アラブっぽさを求めて町をほっつき歩いた。
 スークとは迷路のような路地路地に絨毯屋やパイプ屋や動物売りがひしめく「ペルシャの市場」といったところ。
 (下の写真)
 ものめずらしさに気をとられていたら、歩道の段差にけっつまずいて突然すっころんだ。しこたまひざを打ち息が止まるほど痛かった。路上に倒れてうずくまっていると、「大丈夫か!」と駆け寄った男性が手を取ってくれ、近所のベンチまで運んでくれた。一瞬骨折したかと思ったが、さいわいそれはなく一安心。
 ●そこで一句。「アラブにてあぶら汗かく痛みかな」
 ——–お粗末でした。

スークの中央通り。
この写真を撮ったあとすっころんだ。


2012年12月15日

中東から帰還せり

 カタールから帰ってまいりました。
 “無事帰還”と書きたいところですが、帰る直前に市場(スーク)の石だたみですっころび、しこたま膝を打ってしまい、よろっとびっこをひきながらの帰還でした。現地カタールにいたのはたった2日でしたが、その間にいろんなことがありましたので、ものすごく長い時間のように感じています。
 アラブの首長国カタールの首都ドーハの空港に着いたのは、まだ薄暗い12月4日の午前4時半のことでした。ところがわたしの受託手荷物(作品を梱包した木箱)だけがいつまでたっても受け取れず、外に出たときにはすでに6時に。もう出迎 えの「使者」が帰ってしまったのではと非常に心配しましたが、使者は律儀にも「ICHIYOH」と書いた大きな看板を掲げて、ちゃんと待っていてくれました。
 まずは第一関門クリアーといったところです。
 「使者」はさっそく私の荷物(作品)を車に積み込んでくれ、そのままホテルへと向かいました。(下の写真)。
 ——以下次回。


2012年12月8日

カタールへ

 2007年シカゴのミニチュアショーに出たときのこと、中東のカタールからやってきたというひょろっと背の高いアラブの青年がたくさん買ってくれた。青年はジーンズにシャツというラフないでたちながら、ひとりのカバン持ち従えていた。こっちは小柄な中年男だったがビシッと背広を着込み流暢な英語をしゃべった。
 いつも青年が先にぼくのテーブルへやってきて、買いたいと思う品物を指差し、そのまま彼はすっと隣のテーブルへ行ってしまう。その直後、背広の男が顔を出し、青年が指差した品物のカネを払い、カバンに詰める。そうやって彼らは二人組みで、何度もぼくのテーブルをおとずれ、結局はトランク一杯分の品物を買ってくれた。
 オイルマネーの連中が金持ちだってことは報道で知っていた。だがカバン持ちを従えて、趣味の買い物をするなんて、一体どんなヤツなんだと、ぼくはその青年に興味がわき「壊れたら修理いたしますので遠慮なく連絡をください…」と紙に書いて、メールアドレスを手渡した。
 それから5年、青年はなにも言ってこず、以後シカゴにも一度も顔を見せなかった。
 そしたらである。今年の夏、ひょっこりその彼からメールがあった。「あなたの作品をもっと買いたい…」という。
 ある程度まとめて、らしい。
 という訳で、来週ちらっとカタールまで行ってきます。
 ——-(12月3日出発・6日帰国の予定)。


2012年12月1日

ん?ビューティフルピープル?

 (またまたフェイスブックの話題で申し訳ない。)
 フェイスブック友達にイスミニ・カラリ(Ismini Karali)という人がいる。アテネ在住のデザイナーだそうだ。同時に彼女は世界中のアーチストを紹介するウェブサイト「ビューティフルピープル・プロジェクト」なるものを立ち上げていて、この8ヶ月で12万件以上のアクセスがあったという。
 先月、そのイスミニさんからメールがあって、あなたをビューティフルピープルに選んだので、インタビューに答えてほしいと言ってきた。一瞬ネット版「オレオレ詐欺」かと思ったが、彼女のサイトを見ると案外まともそうなので、応じることに。
 で、出来たページが下である。
 最下段にコメント書き込み用の窓がある。ぜひ何かを書き込んでほしい。「Cool !」「Good!」などのひとこと英語でもOKだろうし、日本語でもかまわないハズ。
 http://www.thebeautifulpeopleproject.com/#!/2012/11/ichiyo-haga-three-dimensional-miniature.html
 ①まさか日本語が載るとは知らず、かっこいいことを言ってしまい反省している。
 ②自己紹介の英文で私の名前がKazuhiro Hagaになっているが、これは間違い。
 ③ホームページから勝手に写真を使ってもよいかと問われOKした。そのため佐野匡司郎作品が一点まざってしまった。(下から二枚目の写真がそれです)。
 ——–佐野さん申し訳ない。どうかお許しを…。

本当はここにイスミニさんの写真を掲載したかった。
だが掲載しちゃならんと書いてあり、仕方なく私の写真に。


2012年11月24日

近況①「トロエルさんのこと」

 フェイスブックの友達に「トロエル・カーク」(Troels Kirk)という人がいる。このごろ頻繁にぼくのウォールに顔を出し、なにかとコメントを寄せてくるので、どんな人なのかと気になって、彼のウォールをのぞいてビックリ。ト、ト、トロエルさんは、も、も、ものすごい鉄道模型レイアウトをつくっている!
 下がそのURLである。
 (もしかするとこれはフェイスブックの登録者しか見られないかもしれない。)
 http://www.facebook.com/pages/The-Coast-Line-RR-page/127409483958090
 (上を開けなかった場合は下をクリックしてください。)
 http://coastline.no13.se/#home
 どうです!
 レイアウトの名称は「The Coast Line Rail Road」(Oゲージ・ナロー)。
 メルヘンチックな造形が普通の鉄道模型とはひとあじ違った独特の雰囲気を醸しだし、どのシーンも絵画的魅力に満ちている。
 プロフィールをみると、作者トロエルさんは1956年、デンマークのお生まれというから、ぼくより8つ年下だ。長年ヨットの上で暮らすほどの海好きで、それが彼のレイアウトにも見事に反映されている。鉄道模型をつくると同時に画家でもあり、アメリカやヨーロッパでエキシビションを開催している。現在は愛妻とともにスウェーデンでアートギャラリーとコンサートホールと映画館をあわせた小さなシアターを経営しているそうだ。
 ———なんとまあうらやましい!

中央がトロエルさん

近況②「山田工房見学会のこと」

 木の彫刻家・山田康雄さんは79才。いまも精力的に、日に8時間以上工房につめ、作品をつくりつづけている。
 山田さんとは以前からの顔見知りではあったが、急に親しくなったのは去年の夏、横浜で開催した拙展の会場に、彼がひょっこり顔を出してくれたことから。
 11月10日の土曜日、その山田さんの大田区蒲田にある自宅工房へ、うちのクラブの面々15名が見学にうかがった。(——下の写真。)
 彼の工房は、ぼくの作業場の約3倍の広さがあり、そこに本格的な木工工作機械がずらっとならんでいる。壁には山田作品の数々が飾られ、棚の上には動物や仏像やオブジェといった木彫りの完成品が無造作に積んであるが、それら作品はどれも非の打ちどころがなく、まことにもってパーフェクト。山田さんはミケランジェロやピカソに匹敵する芸術家だと、ぼくはまじめにそう考えている。
 午後4時から5時半まで、工房での見学を済ませたあと、一同は近所の居酒屋へと移動し、山田氏を囲んでの親睦会がはじまった。そこでの彼はビール片手に約2時間半、木工にかける想いや作家としての生きざまについて、まるで若者のように、熱く語った。
 いやあ、すごい人がいるものだ。
 一同大満足、大充実のひとときを過ごした。

左端が山田さん
http://store.shopping.yahoo.co.jp/mituko/index.html


2012年11月17日

近況①「炭酸入りのレモネード」の映像

 2月に有楽町で開催したエキシビションの折に、だれかが拙作「炭酸入りのレモネード」を撮影し、動画サイトUチューブに投稿したらしい。
 以前ぼくもその映像を見たことがある。
 だがそのときは無音だった。
 それを今回ふたたび見てびっくり。
 な、なんと、調子のいい音楽がついているではないか。
 http://www.youtube.com/watch?v=qdk5T5WfW6o&feature=related
 いや~、ぴったりである。
 音にあわせて若干編集も変わったような気がする。
 ——気に入った!

近況②「ん?スポーツジム?」

 こないだ岩瀬さんが倒れたと書いた。
 内心ぼくは、彼はもう助からないと思っていた。
 ところがぎっちょん、彼はすんなり三途の川を渡らず、その手前で戻ってきた。
 あれから数日後、4時間にもおよぶ大手術のすえ、彼の左胸にあった全長8センチの腫瘍を摘出するとともに、左肺ぜんぶと右肺の一部を切り取ってしまった。遺書10通を用意して臨んだ大手術だったそうだが、なにもかもが奇跡的にうまくいき(当人の弁)、文字通り命拾いすることができた。
 再度見舞いに行くと、生きていることがうれしくってたまらないというふうに彼はキラキラ輝いていた。点滴のチューブにつながれ、生々しい手術の傷跡があるにもかかわらず、快活によくしゃべった。(前回はまるで死人みたいだったのに…である。)
 退院したら西日暮里駅前にあるスポーツジムに通うつもりだと真顔で言い
 「芳賀さんも一緒にどお?」
 だって。
 ——–今月中に退院するなんてはなしもちらほら。
 よかった。よかった。


2012年11月10日

近況①「お詫び」

 少しまえ当欄に自由が丘展開催の告知を掲載したことがありました。
 本来なら今ごろは自由が丘で小規模な拙展が開催されているはずでした。ところがこれが直前にドタキャンになってしまい、あわてて告知掲載を削除するというひと幕がありました。
 このエキシビションは「自由が丘グリーンホール」というビルの1階にオープンするキャフェギャラリーで開催の予定でした。ところがオープンの直前になってキャフェーとビルオーナーとのあいだにトラブルが発生して、キャフェーがオープンできなくなり、そのため拙展もお流れになってしまい、多大なご迷惑をおかけした次第です。
 知らずに出かけた方もいらしたようで
 「探しているのですが見つかりません…」
 という趣旨の連絡が数件寄せられました。
 大変申し訳ありませんでした。
———改めてお詫び申し上げます。

近況②「教室の映像」

 拙展が開催されるはずだった「自由が丘グリーンホール」ですが、このビルの二階にはわたしの工作教室があります。今期からは「火の見やぐらの情景(1/80)」を制作するカリキュラムがスタートしていて、10月27日(土)にその二回目の授業がありました。
 下の写真をご覧ください。
 男性10名、女性7名の計17名、20代から60代まで、さまざまな職業の方々が参加されています。この日はオール真鍮製の火の見やぐらの骨組みに関する制作実演を行いましたが、それをニコニコ動画(ネット配信)が撮影しているところです。右上の女性がその撮影者で、下がそのときの映像(約5分)です。
http://youtu.be/GgkxcVJBqCY
 なおこの教室に関しての詳細は左のインデックス「工作教室」をクリックしご覧ください。教室の見学は無料です。希望者は遠慮なくお申し出ください。
 ——–どうぞよろしく。


2012年11月6日