佐野さんは元気だ

 たいがい夜の7時半ごろ、そろそろ教室が終わりかけた時間帯に、なんの前触れもなく横の扉がガタンと開き、突然あの佐野匡司郎氏がにっこり笑って顔をだす、なんてことが去年まではたびたびあった。
 氏は我が渋谷クラフト倶楽部の創始者で、確か昭和10年のお生まれなので、わたし(71歳)より13才年長だ。そのわたしでさえ近ごろ外出が億劫になってきているのに、氏ははるばる茅ヶ崎からブラッとやってきて、生徒氏らと一緒に放課後の集いに出席し、きっちりお開きまで懇談して帰る。ここ10年ほどそんなことがつづいていた。
 ところがその佐野氏が、今年は一度もあらわれていない。なんでも「長い時間東京にいることが最近億劫になってきたから‥」だそうだ。まあ年齢を考えればそれで当たり前とは思うが、ご様子をうかがいに、先週茅ヶ崎の佐野邸へお邪魔した。同行したのはTSMCの手芝さん、元生徒の羽賀さん、and、練馬のシゲちゃんというヘンな取り合わせ。
 実は結構心配していたのだが、それは杞憂だった。東京が億劫になったとはいえ、氏のものづくりにおけるワザは今もまったく衰えていなかった。最近つくったというフルスクラッチによる古典蒸気機関車数台(1/80)を、むかしとちっともかわらない手つきで、動かして見せてくれた。
 信じられないほど精巧につくられているそれらの機関車を、わたしは以前から何回も見て知っているが、この日はじめて見たという手芝さんはびっくりしただろう。予定の時間になっても彼はなかなか腰を上げず、おかげで居酒屋への移動が30分遅れた。
 あいかわらず佐野さんは元気だ。

古典蒸気機関車を披露する佐野さん
左は練馬のシゲちゃん

2019年7月23日