ひび割れの壁

 下の写真は「デカルト通り48番地」という作品の壁(1/12)である。
 二年ほど前に、この作品の制作教室をはじめたが、自粛自粛ばっかりで、まだ10回も開催していない。それでも作品はそれなりに進んでいて、最初にこの大きな壁をつくり、次は正面の店舗ファサード、そして歩道や、雨といなど、もう半分ちかくが出来上がっている。そんなグループに、今ごろのんきに、途中から参加したいという御仁があらわれた。
 となると、ほかのみんなとの歩調をあわせるために、何回かの補講を受けてもらう必要がある。忙しいときなら困ったが、なにしろこちとらコロナヒマ。お受けすることにした。
 かくして御仁に対して、もう一回壁からはじめることなったが、それを聞きつけたこのグループのひとりの生徒嬢が「わたしも見たい!」と駆けつけ、けっきょくお二人に対して、壁のつくり方を、もういっぺん最初からご説明することになった。当該作品の成否は、なんといってもこのひび割れの壁にかかっている。
 要はベニヤ壁の上に二重にパテを塗り、あとから塗ったパテに自然なひび割れを発生させるのだが、それには最初のパテが100パーセント固まってしまう直前の段階で2層目のパテを塗る必要があり、これがなかなかむずかしい。少しでもタイミングがズレるとヒビはまったく発生せず、せっかくつくった壁がパーになる。だからわたしは小さなサンプル片で二重パテ塗りの予行演習を何度も繰り返し、この日の本番に備えた。
 さて、そうして出来上がった「ひび割れの壁」ではあるが、お二人への補講/説明が終わった今はもう無用の長物だ。どなたかほしい方がいらっしゃれば1万円(税込/送料別)でお譲りしますのでご連絡をください。おひとりさま限り。先着順です。

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したウジェーヌ・アッジェという写真家がいる。甲板式写真機の時代だった。彼は重たい機材一式を担いでパリの街角に出かけては毎日写真を撮った。それらの写真のすべてに撮った場所の地番が記されている。この作品はアッジェが「デカルト通り48番地」と記した写真を参考にして制作している。