高名なフィギュア(人形)作家に矢沢俊吾(やざわ・しゅんご)という方がおられる。彼の造るフィギュアは、一流の造形雑誌あたりでは、ちょくちょくとその表紙を飾っているので、ご存知の読者も多いと思う。まことにナイスなキャラとグッドなテクの持ち主だ。
ある日彼と、酒を(確か調布の居酒屋で)飲んでいるときだと思った。
「協同で‥なにか、ひとつの作品を作りませんか?」
いつのまにかそんな話しになった。
どちらが先に言い出したのかは、いまひとつはっきりしない。が、多分矢沢氏だったと思う。と、いうのは、そのころ矢沢氏は「クイック&デッド」という、シャローン・ストーン主演の西部劇に凝っていて、腰にコルトのピースメーカーをぶら下げて、テンガロンハットにセクシーなコスチュームをまとったシャロン・ストーンを、酒場のカウンターに配置した作品をつくりたがっていたからだ。酒場とは、もちろん西部劇に出てくるような酒場のこと。そしていま正に、美女がGUNをぶっ放そうとしているところを造りたいと、常々そう言っていた。
「酒場って、つくれますか?」
だから、はじめは、そんな話しからスタートしたと思う。
シャローン・ストーンとは、いかにも矢沢好みのボディの持ち主だし、彼の過去の作品を見ると、常にGUNが登場している。だから氏がそんな作品を造りたがっていた気持ちはよくわかる。
「そりゃあ作れるよ、オレは、こう見えても西部劇には詳しいんだから‥‥」
な~んて返事のあと数ヶ月がたって、結局この話しは実現しなかった。どうしてボツになったのかは、よく覚えていない。確か版権(映画の版権)が難しいとの理由から、計画自体が挫折したんだと記憶する。最初は気楽な話としてはじまったんだが、そのうち、できた作品を雑誌の表紙に発表するだとか、作ったフィギュアを量産して販売するとかの話にまで進展したために、映画の版権のことがネックになったんだと思う。(が、もしかすると、もっと別の理由だったかのもしれない。)
いずれにしてもこの計画はボツになり、その後、こんどは私の方から
「鉄の扉の前に、ババアの娼婦をひとり配置して、タバコを吸いながら客待ちをしているような作品をつくりませんか?」
みたいな提案を述べてみた。
「いいですねえ」
すると矢沢氏は、あっさりと了承し、ここに我々のコラボレーションが成立した。
完成した作品は「Isabella」(イザベラ)というタイトルで、ごく最近「アートインボックス」の最終ページに掲示した。写真の横に配した英文の内容は、本日ここに書いたことの要約である。まだチェックしておられない御仁は、あとでゆっくりとご覧いただきたい。(なお、12分の1というスケールではリアルな人形が作れないとの理由から、この作品のみ、6分の1という変則的なスケールになっている。)
しかし、見たら
「え? これって、ぜんぜんババアじゃないじゃないか!」
って、ことになるだろう。
それは、そうなんです。
芳賀は「やり手ババア」の熟年娼婦の製作を依頼したのだが、彼はついつい手元が狂ってしまい「セクシー美女」になってしまった、とのこと。
「しょーがないなー」
最初に見たときには唖然とした。しかし、もともとセクシー好みの矢沢氏に「ババア」を作れと依頼した、自分の不明を恥じ
「まあ、いいんじゃない‥‥」
なんてことで、あきらめた。
製作に着手したのは1999年の夏だった。
最初に壁やドアーなどの建造物を、私が自分の作業場でつくりはじめて、ちょうど半分ぐらいまで仕上がった頃に、それを矢沢氏のアトリエに運んだ。そして矢沢氏は、建物にあわせて、即座に「美女」を作ったのだ。その後、建物と美女は、もう一回芳賀のアトリエに運び、幾つかのフィニッシュワークを付け加え、この年の初秋には完成した。完成後この作品は、ある造形誌の表紙に、「ミステリアス・16」というタイトルで使っていただいた。以下はその雑誌「DDD」誌・秋号(㈱メデイアワークス・刊)に本作品が掲載されたときの記事である。
「フィキュアモデラーと立体絵画師の幸福な出会い」
モデル雑誌各誌で美麗なフィーメルフィギュアを精力的に発表している矢沢俊吾。一方「SMH」誌を足掛かりに一躍模型シーンに踊り出た立体絵画作家・芳賀一洋。この稀代の2名人が幸福な出会いを果たした。その結果はコラボレーションという形で昇華された。表紙とこのページに掲載した作品がそれである。
そもそもの発端は、矢沢氏が芳賀氏の個展会場を訪問したことからだった。片やフィティッシュなフィギュア、片やお堅いアートインボックス、一見何の関わりも持ちそうにない両者だったが、お互い同じ雑誌に作品を発表していることから話しがはずみ、また、お互い密かにリスペクトし合っていたことも判明、今回の合作の話しがとんとんと進行したのである。
作業のプロセスとしては、まず矢沢氏の希望する6分の1スケールに合わせて芳賀氏が自身の2大テーマのひとつ「額縁の中のパリ」シリーズの一点として作品を制作。扉の開閉、室内灯点灯などのギミックを仕込んだ末、矢沢氏宅に搬入。矢沢氏は戸口に立てられるように巧妙にポーズを設定してフィギュアを製作。再び芳賀氏の工房に持参し、二人で相談しながら微調整して固定。あとは本誌のカメラマンが参上してパチリといった具合である。 これは裏話だが、矢沢氏は錆びた鉄の扉から「アラビアンナイト」に出てくるような奴隷女を連想、半裸に金属のアクセサリーをまとったアラブ美女(?)を製作したが、芳賀氏の想定はあくまでもパリの街角。結果的に不思議なミスマッチが生まれた。そこで、杯を交わしながらの相談の末、パリ裏通りのアパルトマン16号は、実は会員制の秘密クラブだった‥と設定し、タイトルも「Mysterious 16」に決定した次第。
しかし、どうしても「アリババと40人の盗賊」で扉にトリックの印を付ける聡明な奴隷美女マルギアナを連想してしまうのだけど‥‥。(編集部)
上が、このときの記事の全文だ。
執筆したのは、この雑誌の編集長・歌田敏明氏である。「稀代の2名人が‥」などと、大げさな表現を使われてしまい、お恥ずかしい限りだが、なかなかの名文だと思う。文中にあるように、このときには「ミステリアス・16」というタイトルだった。しかし今回、サイトに掲載するにあたり、矢沢氏の了解を得て「イザベラ」に改題した。しかし、いま改めて歌田文を読むと「マルギアナ」って線も、悪くないな‥と、若干感じた。
2003年3月13日