まだ完成していません②

《前回の続き》
 以前本作の正面部分のみをアートインボックス作品(半立体作品)として制作したことがある。特にそうつくれと言われたわけではないが、屋根や両サイドや、建物の裏側にはこれといったディティールがなく、ほかにつくりようがなかったからだ。しかし今回は建物全体をつくってほしいと言われ、再トライしている。そしてあるていど出来上がってから、改めて作品を眺めてみると、やっぱりおもしろくないのだ。正面以外の方向が実につまらない作品に見えて、ずっと悩んでいた。
 色も気に入らなかった。
 当時の建物は無塗装の木製にきまっている。それが風雨にさらされた、いわば流木のような薄いグレーに着色したが、その結果、建物全体がぼやっと見えて、どうもパッとしない。
 だがそのあとで、地面にいくつかの物品を置いたり、いく通りかの色の草を植え、外壁の色に変化を加えたりと、数々の対策を講じたおかげで、ダメななりにもだいぶんよくなってきた。そしたらである。こんどは台座の塗装面に複数のひび割れを発見。これはかなり深刻だ。
 次から次へといろんな問題が発生する。
 そんなわけで、作品はまだ完成していませんが、それでも先日大勢の生徒のみなさんが見物にやってきました。

写真:米田楽留花


2014年1月19日

まだ完成していません

 写真はいまつくっている馬具店の内部です。
 床にたくさんの旅行カバンが積み重なり、天井にはズラッと馬の首輪がならんでいる。壁にぶらさがっているものは馬のベルトです。
 内部の様子は以前制作した「カール・フローセス・ストアー」の依頼主からいただいた古い写真をもとにしている。しかし今回は、そのときの写真には写っていなかったストーブを部屋の真ん中に置いた。
 前作同様馬具類は当クラブの山野順一朗氏が制作を担当。旅行カバンは田山まゆみさん、ストーブの炎は山口貞彦氏が、それぞれ制作を担当。
 前作「カール・フローセス・ストアー」の依頼主だった米ナンシー・フローセスさんは、この店をずっと馬具店と呼んでいた。ところがアメリカで調べると、ここは馬具店ではなく、駅馬車の出発準備室だとわかった。
 映画「駅馬車」(J・フォード監督)は8頭の馬で引っ張られていた。
 てーことは、駅馬車一車を仕立てるには首輪8個にベルト8本が要る。乗客は一車6人だったので、一車出るたびにトランク6個が消えていく。そう考えると駅馬車準備室説はまことに理にかなっているが、ナンシーさんに準じ、今まではずっと馬具店で通してきた。しかし今回の依頼人はカタール人である。そろそろ本当のことを言ったほうがいいように思い、以後できるだけ本作を「駅馬車ステーション」と呼ぶことにする。
 もうほとんど完成しているように見えるだろうが、現在あることに悩んでいて、まだまだ、まだまだ、先は長そうだ。


2014年1月11日

喪中です

 本来ならば新年の祝辞を述べねばならぬところですが、昨年4月に92歳の母が亡くなり、我が家はただいま喪中です。その後8月には長男一家に初孫が誕生していますので、そんなに悲しい気分ではありませんが、喪中ハガキきを出した本人が、自分のブログで「おめでとう」と言うのもへんなので、ここではそれを言わないことにします。
 かれこれ40年近く前に、父が亡くなったときにも喪中ハガキを出しました。当時はそれで十分に用が足りましたので正月に誰もおめでとうとは言ってきませんでした。ところが今回はメールやソーシャルネットワークを通じて大勢の方々から「Happy New Year!」との祝辞が届き、説明が面倒なのでついそのまま同じ文言を返しています。
 なし崩し的喪中崩壊現象です。
 こうして日本の文化や伝統が少しずつ崩れていくんですね。門松はめっきり見かけなくなり、凧揚げも、羽根つきも誰もやりません。子供たちはスマホでゲームでもやっているのでしょう。年賀状の売り上げも年々減っていると聞きます。
 近所の悪ガキと竹馬でかけっこをやったころの正月が懐かしいです。
 ——-本年もどうぞよろしく。


2014年1月4日

屋根のこと

 再々お伝えしている馬具店だが、いま屋根をやっている。
 屋根といったらエントツだ。T字型やらH型など、日本だとそんなかたちだが、果たしてアメリカではどうなのか。調べると、あっちじゃあそんなのは見当たらない。じゃあどうするのかと困っているときに、ちょうどイギリスへと旅立った。行って驚いた。むこうの建物には100%エントツが立っている。エントツ、エントツ、エントツである。おかげですっかりエントツ通になり、帰国後、ただちに写真のようなエントツをつくった。
 エントツができたら次は屋根を葺(ふ)かねばならぬ。
 この時代には木のかけら—-木端(こっぱ)を瓦代わりに屋根を葺(ふ)いていたが、木端は瓦のように整然と並んでいるのではなく、たいがい微妙に(あるいはズルズルに)曲がっていた。素材の厚みや大きさが不均一だったことに加えて、必ずしもまっすぐに並べる必要もなかったからそうなったのだろう。決してわざと曲げたわけではない。
 実は最初にやった屋根は見事に失敗だった。あまりにもびろびろに曲がりすぎていて、まるでわざとやったようなムードだったのだ。しょうがないのでいったんぜんぶ削り取って、やり直したのが写真の屋根である。
 ——–みなさん良いお年を!


2013年12月29日

忘年会

 われわれの「渋谷クラフト倶楽部」の忘年会が12月15日の夕刻、いつもの「駒込磯太郎」で開催され、下のような写真を撮った。
 毎年おんなじような写真だが、参加者の顔ぶれは毎年微妙に違っている。
 今年の顔ぶれは以下です。
 前列左から、シンちゃん、手柴さん、北原さん、大内画伯、渡部さん、いちようさん、ぷら子さん、松井アナ、阿部社長、二列目左から、さえちゃん、ゆりりん、かおりん、ままやさん、タマちゃん、ミコちゃん、順ちゃん、金子さん、イケブチさん、山口さん、ダイキ君、三列目左から、矢沢ちゃん、けっそくちゃん、ナベちゃん、ゴジラマン、東さん、シノハラさん、佐野さん、親方、らるかちゃん、穴熊さん、四列目左から、徳三郎さん、タカちゃん、マッキー、シゲちゃん、望月さん、山ちゃん、羽賀さん、河野さん。

2013年忘年会


2013年12月21日

イギリスのこと/前回の続き

 アフマドはひょろっと背が高くバシッと髭が濃い。
 さっそく、折れた木の修理をしたいと申し出ると
 「パッキングのときに何かにぶつかっちゃったらしいんだ…」
 まるで他人事のようにサラッと答えた。
 たぶん召使のうちの誰かがやらかしたんだろう。彼が自分でパッキングなどするわけがない。
 結局その作品は、僕がいったん東京へ持ち帰って修理し、直ったらすぐに送り返すという手筈になるはずだった。ところがその直後、アフマドの口からぽろっと次の一言が出た。
 「今度いつカタールへ来るの?」
 すかさず
 「今の仕事(※注)が終わったら…」
 と答えると
 「いつ終わるんだい?」
 「たぶん来年の2月には」
 「OK!じゃあそのときにもってきてよ…」
 な~んてことになり、直った作品をぶら下げて、2月にまたカタールまで出かけることになった。
 (※注:仕事とはアフマドからの依頼で制作中の「馬具店」。)

 このたびのショウにおけるディーラー数は約160、みんなわりと小さなテーブルをならべていた。規模的にはシカゴ・ショウの半分程度と見たが、さすがヨーロッパである。品ぞろえはこっちのほうがよかったように思う。せっかくなので小生も500ポンドほどの買い物をし、売り上げに協力した。
 ちなみに日本人はまったくと言ってよいほど見かけなかった。代わりにときどき見た顔のフェイスブック・フレンドと遭遇し、その都度握手を求められた。いちようブランドの人気もまんざら捨てたもんではないと実感し、気を良くした。
 次はパリか、マドリッドあたりのショウを覗いてみたい。

FBフレンドの仏ジュリアンと

イギリスから帰ってまいりました

 前回お伝えしたように、11月30(土)に英ロンドンのケンジントンで一日限りのミニチュアショウが開かれた。
 その前日は現地にお住いの元生徒本田和美さん(※注1)宅に泊めていただき、当日の朝彼女と一緒にケンジントンへと向かった。なにしろ本田さんは英国人であり英語の達人だ。大船に乗った気分でショウ会場へと足を踏み入れた。
 入ってすぐの一番いい場所にアフマド・アルタニ(※注2)コレクションというコーナーがあって、おどろいたことにそこに一点の拙作が展示されているではないか。そんなコーナーがあるとは聞いていたが、まさか自分の作品が置いてあるとはつゆとも知らず、見たとたん、のけぞりそうになった。真ん中に木が一本立った「晩秋の情景」と題する直径30センチほどの作品(1/80)が、回転台に乗ってクルクルと回っている。だがよくよく見ると木の上のほうが折れて、垂れ下がっていて、かなり情けない状態だ。
 「アフマドは?」
 店番の男に尋ねると中で買い物をしているという。
 会場はすでに超満員。アフマドはいつものようにカバン持ちを従えて、ごった返した人ごみの中にいた。
 声をかけると、彼は「おお」というようなポーズで振り向いた。
 去年中東のカタールでお会いしたときにはアラブの民族衣装を身にまとい、威厳に満ちていた。だがここではワイシャツ一枚の軽装で、なんだか迫力がない。
 ——以下次号。
 (※注1:本田和美さんに関しては1月20付けの当欄をご覧ください)。
 (※注2:アフマド・アルタニさんは現在制作中の馬具店の依頼主です)。

Dollshouse Festival in Kensington


2013年12月7日