トキワ荘アゲイン

 先月の読売新聞の朝刊に豊島区がトキワ荘の復元を計画しているという趣旨の記事が掲載されたようである。あいにくぼくはその記事を読んでいないが、けっこう大きな扱いだったらしいので、ご覧になった方も多いハズ。復元ってことは、どっかに実物大のアパートを建てるってことである。
 今から考えればそのことの調査だったのだろう、去年の9月ごろから、「トキワ荘に関するはなしを聞かせてほしい」と、区の担当者と某企業の社員数名がときどきぼくのところへやってくるようになった。ぼくは実際のトキワ荘を見ちゃいないが、以前何回か模型をつくった経験があり、そのときに随分とそのティティールを調べたことがある。拙著「トキワ荘制作記」も、彼らはちゃんと読んでいた。だが、そのときには何でそんなにトキワ荘のことを知りたいのか、意味がわからなかった。
 そしたらである。今年の2月になって「トキワ荘に関する基礎調査中間報告書」という分厚い書類を突然手渡された。そのときになって初めて、トキワ荘の復元計画があることを知った。当初はマル秘扱いだったようだが、すでに新聞記事にもなったいま、もう隠すことはないだろう。
 もちろん彼らは、ぼく以外の方々のところへも積極的にはなしを聞きに行き、多くの写真を採取した結果、今回の調査でわかった新事実がいくつかある。
・二階の各室(四畳半)は、廊下を挟んで真向かい並んでいたのではなく、実際は半間ズレて並んでいた。このためアパートの裏側が裏階段の方向に半間出っ張っていた。
・二階の便所から落下する排泄物を通すための太いパイプが二本、二階の便所の床下から地中の肥溜めに向かって伸びていた。また、このパイプをよけるため、一階の便所は建物から半間引っ込んでいた。
・各部屋の窓枠はすべて白っぽいペンキで塗ってあった。
・各部屋の入り口にあったスリッパ脱ぎ場の幅は1365ミリだった。(今までは幅半間、909ミリと考えられていた)。
・各部屋の押し入れの幅は1365ミリだった。(今まで押入れの幅は一間、1818ミリと考えられていた)。
 等々、過去のわたしの作品とは異なるいくつかの新事実が、このたびの調査で明らかになった。ならば、トキワ荘の専門家(自分)としては、それらを踏まえた作品を、どうしてももう一回つくる必要があると考え、老骨に鞭打って、あらたにまたトキワ荘をつくっている。
 (本件に関する記事は2月25日付けの当欄にも…。)

この厚さ!


2016年3月2日

イエサブの棚、移動しました

 「あれ、はがさんの棚、なくなっちゃったの?」
 な~んて、ビックリした人もいるかも知れない。しかしよく探してみてください。棚は元の場所から数メートル移動して、いまは6階のエレベーター前に置いてあります。ほんのちょっとした位置替えでしたが、場所と向きがぜんぜん違うので、うっかりすると見落してしまうかもしれません。
 以前は狭苦しい通路にあり、かねてより広々としたべーター前に移りたいと考えていた。その思いが伝わったのか、先日の夜、イエサブのスタッフがソローッと引きずって、そっちの場所に移してくれた。だが実際に移ってみると、そこはまるで網走番外地のようなところ。売上的にはどうなのかと、にわかに心配になっている。
 イエサブに出かけた折には100円でも500円でも構いません、ぜひ何かを買ってください。ロストワックスのドアノブや、優秀な「染め液」など、いろいろと取り揃えておりますので…。
 どうぞよろしく。
 ※イエサブの棚とは、秋葉原ラジオ会館6階「イエローサブマリン」の店内に設置されたショーケース「はがいちようのミニチュアコレクション」のことです。

「はがいちようのミニチュアコレクション」
ラジオ会館:http://www.akihabara-radiokaikan.co.jp/access/


2016年2月27日

トキワ荘アゲイン

 ある筋からの依頼によって、ふたたびトキワ荘をつくりはじめた。どんな筋なのか、まだ発表の許可を得ていないので、それ以上言えないが、トキワ荘をつくるのはこれで四度目である。最初は15分の1でつくり、次は80分の1で二個つくり、そして今度は50分の1でつくっている。(下の写真)。
 納期は3月末だそうだ。
 急がされる仕事は大きらいなので、お受けするかどうか、丸五日間もんもんと悩んだ。悩んでいる最中に福井まで出かけて「高間トキワ荘」との初面会を果たし、(前回の当欄に記事あり)、福井から帰った翌日に観念し、引き受けることにした。
 しかし、あまりにも制作日数が乏しい。加えてこのたびは、畳の敷き方から襖(ふすま)の柄に至るまで、あらゆるディティールがすべて決められていて、わたしはキッチリその通りにつくらねばならない。等々。いろいろと制約が多い。そんな条件下で果たしてよい作品が仕上げられるのか。非常に心配している。

制作中のトキワ荘


2016年2月25日

高間トキワ荘との対面

 むかし東京新聞に小生の作品そっくりのトキワ荘が掲載されているのを見たことがある。その作品は縮尺40分の1でつくられ、ごていねいに屋根が取り外せる構造になっていて、漫画家たちの各部屋が上から眺められる。
 福井県の高間信夫(52)という方が趣味で制作した作品だそうだが、驚くほど良くできているとともに、ほんのちょっとした小物の置き方まで、小生の作品とまるでそっくりなことに非常に驚いた。
 (2010/4/25日付小欄に記事あり)
 高間さんとはその後フェイスブックで友達となり、一度東京でお会いしたことがあったが、作品はまだ見ていなかった。そうこうするうちに高間さんは長年の勤めを辞め、模型の仕事一本で独立し、同時に地元福井に小さな個人ミュージアム「茶蔵庵房」(さくらんぼう)をオープン。一度来てほしいと言われてはいたものの福井はなかなか遠い。
 そんな折、突如どうしても行かねばならぬマル秘の事情が発生し、先週福井まで飛んでいって、念願の〝高間トキワ荘〟との対面を果たした。

茶蔵庵房にて。
トキワ荘のほかに20点ほどの作品が展示されています。
高間作品:http://hakoniwa-kun.jimdo.com/


2016年2月20日

佐野邸訪問のこと

 佐野匡司郎という方をご存じでしょうか。
数々の素晴らしい作品をつくりつづけている、うちのクラブ(渋谷クラフト倶楽部)の重鎮です。(下の写真は氏の作品です)。
 佐野さんは神奈川県茅ケ崎市にある美しい日本住宅にお住まいで、住まいのはずれに氏のこじんまりとした工作室があります。過去に何回かみんなで見学に行ったことのある工作室ですが、まだ見たことがないという方からのリクエストがあり、きたる3月26日の土曜日の午後、再度出かけることになりました。
 参加希望者がいらっしゃればお申し出ください。
 当日の午後3時ごろ現地集合の予定です。


2016年2月15日

やぶうちさんありがとう!

 去年の11月、「東京ディープ」という番組に出たことがあった。
 (詳しくは2015/10/10日付当欄を)
 オンエアーの数日後、熊本の男性から電話があった。是非じかに作品を拝見したいとのことである。
 もちろんOKと答えたが、もうすっかりそのことを忘れていた1月の26日、電話の主ははるばる熊本から、本当にやってきた。しかもご夫婦で。それだけでも十分驚いたが、彼らはかなり高額な拙作一点(題名:白い石炭商人)を購入したいと申し出たのだ。
 アッとおどろくタメゴロ~!!!である。
 といっても現物は手放せないので、おなじものを制作して一年以内にお届けするという約束が成立し、われわれは近所のお好み焼き屋へ。そしたらである。あろうことかその店の支払いまでしてもらっちゃったのだ。
 ——–多分当欄をお読みであろうやぶうちさんご夫妻に心より御礼を申し上げます。がんばってつくりますので、いましばらくお待ちください。
 白い石炭といえば、おととし一色美世子さんの「ノエカフェ」にも一個つくって納品したばかり。つくるのはこれで3個目である。

やぶうち夫人と


2016年2月7日

ブラジルからの写真

 サラ・ウィローという生徒(ブラジル人)のことを、以前ここに書いたことがあった。(2015/11/28日付当欄)。
 そのサラは、いま母国ブラジルに里帰り中である。確か2年ぶりの帰国のはずなので、大いに故郷を楽しんでいることと思いきや、な、なんと彼女はブラジルで「孤独の世界」(縮尺1/80)をつくっているらしい。
 1月28日の朝6時、ねぼけまなこでタブレットのスイッチを入れると、いきなり下の写真が目に飛び込んできて、びっくりし、バチッと目が覚めた。写真はサラのフェイスブックページに投稿され「休日プランとして本日あたらしい小屋をつくりはじめました」という彼女自身による説明文がついている。まるで東京で撮ったような写真に見えるが、発信地は間違いなく首都ブラジェリア。
 サラにとっては2個目となる「孤独の世界」である。
 なにもわざわざブラジルでつくることはないと思うのだが…。

ブラジルから投稿された写真


2016年1月30日