東屋の完成写真

 伊東屋と非常によく似た作品、「東屋」(あづまや)を作っているということは、以前お知らせしたことがあった。作品は去年の秋完成し、先日カメラマンの佐藤紀幸氏に撮影してもらった。下がそうだが、この作品は、近々大阪で開催される「朝日現代クラフト展」に出品するつもりだ。

撮影:サト・ノリユキ / SATO FOTO


2006年1月27日

あけましておめでとうございます

 元日の昼ごろ、数通の年賀状を投函するために、今年初めて自転車にまたがった。サドルに座り、改めてメーターの数字をのぞき込んだ。僕の自転車には小さなメーターがついていて、見ると前日までの走行距離が534キロと出ていた。これは去年の9月の中旬以降、大晦日までに走った距離の累計である。年頭にあたり、やや厳粛な気分で、それらの数字をすべてリセットした。と同時に、今年は一体何キロ走るのだろうかと考えた。
 僕は仕事がら、ほとんど毎日のように池袋の東急ハンズまで買い物に出かける。これが往復約10キロである。毎日10キロを走れば月300キロだから、年間では3600キロという計算になる。だが雨や、その他もろもろの事情で走れない日もあるだろうから、実際には、年間2000キロを走れば、まあまあだろうと考え、それを今年のノルマとして課すことにした。
 自転車を買ったのは一昨年のことだった。
 頻繁に乗るようになったのは去年の夏からで、ダイエットのためである。そのために小さなメーターを買って取り付けて、以後今日まで、毎日の走行距離を測っている。走った距離がわかると張りあいが出るものだ。銀座まで往復18キロだとか、同じく渋谷までが32キロだとかを考えていると、めきめきファイトが沸いてくる。銀座方面へは道が平らなので簡単に走れる。だが渋谷へ、となると、坂ばっかりなので、よほどの根性を入れてかかっても、ついへこたれてしまうこともある。中でも特にキビシイのが六本木ヒルズへのアプローチである。
 駒込から六本木へ向かうには、まずは皇居の北側、竹橋あたりに到達せねばならぬ。そこまでが約7キロだ。それから皇居の外側をぐるりと反対側まで回って、国会議事堂の前まで進まねばならぬ。ここいらが、かなりの登りで、結構イヤになる。その後溜池に向かっていったん下るが、そこから六本木の交差点へと向かう長くて急なのぼり坂をクリアーせねばならぬのが、何といっても非常にキビシイ。そうやってヘトヘトバテバテになりながらも、やっと帰ってくると、約30キロほどの走行距離を稼ぐことができる。これを10回やれば300キロだ。300キロといえば東京名古屋間の距離なのだから、ちりも積もればなんとやら‥である。
 以前、買い物には、もっぱら50ccのバイクを使っていたが、去年の秋、バイクは粗大ごみに出してしまい、今や自転車だけが唯一の自家用車である。
 本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。

My Bicycle
撮影: 神尾幸一


2006年1月9日

2005年、納会

 はやいもので今年ももう終わり。
 時節柄、われわれのクラフトクラブでも過日、毎年恒例の「納会」を開いた。当日は女性が7名、男性21名で、計28名のクラブ員がJR駒込駅近くの飲み屋「磯太郎」に参集し、ひとときの宴を楽しんだ。宴のあと、飲み足らない若手クラブ員たちは、もちろん二次会へと向かったが、その後どうなったのかはわからない。(その二次会だが、今年はみんな終電前にはおとなしく家に帰ったとの事後情報があり、比較的平穏に済んだようである。)
 下の写真で、奥のほうにムンムン固まって見えるのが若手グループで、手前側にシラッと、おじんグループが座っている。写真の中央、鎧兜の置物の前に座っているのが芳賀(青いチェックのシャツ)である。

写真: 渡辺 格


2005年12月25日

パン屋

 以前一度、「ゆるゆるアートインボックスの教室」をはじめたと書いたことがある。(2005年8月2日付けトークス参照のこと。) その第一回目の制作課題は「パン屋」だった。なにしろゆるゆるクラスなので、非常にのんびりとしたペースで作っていた。しかしあと一回か二回で、みなさんそろそろ「完成」しそうである。ところが教えるためには見本が一個必要で、私も生徒のみなさんと一緒にできるだけゆっくりと、おんなじものを作っていた。しかし私のパン屋は、みなさんよりは一足先に完成してしまい、下にお目にかけることにした。看板にある横文字「BOULANGERIE」(ブーランジェリー)とは、フランス語でパン屋(パンの製造所)という意味だ。
 この作品は、アートインボックスといっても幅がたったの25センチで、高さ45センチという、かなり小さなものである。教室で教えるとなると、生徒のみなさんが毎回教室まで持ってこられる大きさでなければならないし、各人の住宅事情もあるので、できるだけ小さな課題を考えねばならない。このクラスは今後もしばらく続きそうなので、これからはこういった小ぶりな作品がどんどんと増えてしまいそうである。

写真: 渡辺 格


2005年12月15日

シカゴのこと

 来年のことを言うと鬼が笑うというが、きょうは「2006年・シカゴ・インターナショナル」についてのこと。
 2006年の3月31日(金)から4月2日(日)にかけての3日間、シカゴで開催されるミニチュア・ショウ「シカゴ・インターナショナル2006」(主催トム・ビショップ)に、参加出展することにした。ここシカゴでのショーには過去2回出掛けているが、作品を並べるのは2000年春以来のことである。ショーの主催者であるトム・ビショップ氏は、この地のご出身だそうで、ミニチュア関係のイベントとしては、私の知る限り、ここシカゴでのショーが最も規模が大きい。
 われわれの世代だと、シカゴといえば即「アンタッチャブル」で、それ以外のことはまったく思いつかない。しかしシカゴはロサンゼルスと並び、どっちも人口約300万人というから、全米第二の都市である。(ちなみにニューヨークは人口約800万人)。ただショーをやるのは、市の中心から車で約40分ほどのところにある「ハイアット・レージェンシー」というホテルなので、そこからアンタッチャブルの町並みは見えない。会場は大変にゴージャスで、全米はもとより世界各国からミニチュア好きのおじちゃんやおばちゃんたちがわんさかやってくる。みんないかにもカネがありそうな、丸々と太った連中ばっかりだ。ケビン・コスナーやヒラリー・スワンクのようなかっこいい白人は間違っても見かけないので期待しないほうがいい。代わりに、あんまりにも体重が増えすぎて満足に歩けないような御仁をいっぱい見ることができる。99パーセント以上が白人で、こういったミニチュアの集まりには、黒人はまったくと言ってよいほど姿を見せない。ニューヨークの地下鉄とはえらい違いである。
 ま、そういった訳で、同行を希望する方がいらっしゃればと思い、少し気が早いが、来年の予定を掲載することにした。日程等の詳細についてはまだ決めていないが、2006年3月末ごろに出掛けて4月5日ごろの帰国を考えている。
 希望者は是非申し出てほしい。
 もしかすると日程を少し増やして、現在ニューヨークに置いてある数点の作品を、車でシカゴまで運ぶことになるのかもしれない。その場合は全長約1200キロのロングドライブになるのだが、そのへんをどうするのか、いま考えているところである。
どうぞよろしく。

左がトム・ビショップ氏
2003年ニューヨークにて


2005年12月3日

六義園

 東京・駒込にある「六義園」(りくぎえん)へ行ったことがありますか?
 私の家から徒歩15分ほどのところにある庭園なので、子供の頃にはしょっちゅう遊びに行った。今では300円ぐらいの入園料を取っているが、むかしはタダで入れたからだ。私にとってはあまりにも身近すぎる庭園なのだが、これがどうしてなかなかの名園である。なにしろ5代将軍・徳川綱吉の側近だった柳沢吉保が1695年に造ったというのだから、300年以上の歴史がある由緒正しい日本庭園である。
http://junko55.web.infoseek.co.jp/04teien/0311rikugien.htm
 その六義園の紅葉がいま見ごろを迎えている。
 私の義弟・丹羽伸一郎氏が行って、写真を撮ってきたので、季節がら掲載することにした。丹羽氏は写真とカメラが趣味なので、いつもいい写真を送ってくれる。
 いかにも日本情緒が感じられる写真なので、このネタは最初「英文トークス」だけに掲載するつもりだったが、たまにはご近所の名所を宣伝するのも良かろうと考え、和文版も書いてみた。桜と紅葉のシーズンには夜間のライトアップがあって「一見の価値あり」である。

六義園にて
撮影・丹羽伸一郎


2005年11月21日

久しぶりのトキワ荘

 ちょっと用事があって、先日はじめて「石ノ森萬画館」へ行く機会があった。そして 久しぶりにトキワ荘と対面した。

 すでにご存知と思うが、石ノ森萬画館は宮城県の石巻市にあって、オープンしたのは2001年夏のことだった。生前カリスマ的マンガ家だった故石ノ森章太郎氏のミュージアムとして建設された施設である。石ノ森氏は若いころトキワ荘に住んでいたことが あるそうだ。よってミュージアムの建設にあたってはトキワ荘の模型展示物が一個必要ということになり、オープンの年の春、私が作ることになった。その後作品が萬画館に運ばれたあと、私は一度も石巻へは行っていない。途中で何回か、知り合いのカ メラマン氏と一緒に出掛けようと計画したこともあったが、結局実現せず、今日まで時が過ぎてしまった。だからこのたびこの作品と対面したのは、実に5年ぶりのこと である。

 むかし作った作品というものは、あとで見ると、えてして見劣りすることがあるものだ。しかし今回それは感じなかった。さいわいどこも壊れていなかった。また、展示場所がよくないとか、やれ照明が暗いだとか、見に行ったひとからはいろいろと聞か されていたが、別段そんなことも感じなかった。展示場所の照明が暗いために作品の室内灯がほのぼのと際立って、かえって雰囲気がでているように感じた。しかしあんまり真剣に見ていると、あそこを直したいここも直したいといった妄想が膨らんでき て、だんだんと欲求不満になってくることがよくある。だから極力アッサリとした見 物にとどめ

 「記念に写真を撮っていただけますか‥」

と、案内してくれた学芸員の佐久間朋子さんにお願いして、無事に見学を終了。

 仙台の駅までお出迎えいただいた佐久間さんと萬画館事務長の狩野章さん、そして 萬画館社長の板橋一男氏や、そのほかのみなさんに厚く御礼を申し上げます。

「トキワ荘とご対面」


2005年11月12日