近況①「ティムとの再会」

 以前、馬具店のはなしのなかで、ロサンゼルス在住の弁護士がいろいろ調べてくれた、と書いたことがあった。その弁護士氏は、送られてきたむかしの写真を詳細に調べ、そこが馬具店ではなく、駅馬車のストレージルームであろうという示唆(しさ)を与えてくれた。同時に、現地米国へ行って実際の建物を見るようすすめてくれ、二ヵ月後、わたしは彼のおすすめに従ってカリフォルニアのゴーストタウンへと飛び、これが馬具店完成へとつながる大きなステップとなった。
 ところが、その後、あいにくその弁護士氏とは音信不通になってしまい、ここ一年半ばかり、どこでどうしているのか、さっぱりわからなかった。
 そしたらである。先日シカゴのショー会場で、その弁護士、ティム・オベンスキー氏とばったり出くわし「オーマイ!」と叫び、はずかしながらわれわれはガバと抱き合った。そして、調べてもらった作品が完成したことを、はじめて彼に伝えた。
 もともと彼とは2008年に、このショーで知り合い、以後ときどきメール交換をするようになったので、ためしに馬具店のことをたずねてみると、ほかの誰よりも真剣にそのことを考えてくれ、調べてくれ、たくさんの写真を送ってくれた。それらを、彼はみなボランティアでやってくれたのである。
 下の写真、右がティム。

ティムと

近況②「ケン・ビアー氏のこと」

 アメリカのミニチュアショーに最初に参加したのは西暦2000年のシカゴだった。
 そこで、いままで見たこともないような、素朴であじわい深いミニチュアの家具をみつけて感動し、調べると、それが「シェーカー・ワークス・ウェスト」というディーラーがつくったものだとわかった。
 そして2003年、ニューヨークで開かれたショーに参加したときのこと、その初日、あらかたのディスプレーを終えて、ふと周囲に目をやると、ぼくのテーブルの数軒となりに、なんとその「シェーカー・ワークス・ウェスト」さんのテーブルがあるではないか。
 さっそく見に行くと、シーン・コナリーのようなおっさんから
 「やあICHIYOH、ぼくはあんたの作品が大好きだよ…」
 と、とつぜん声をかけられた。
 ——大感激である。
 会ったのはそのときがはじめてだったが、そのおっさんこそが「シェーカー・ワークス・ウェスト」のケン・ビアー氏だった。
 今回シカゴで、そのケン・ビアー氏と写真を撮った。
 いつか彼と一緒の写真を撮って、そのとき同時に、彼のホームページを紹介したいと、ひそかに考えていたのだが、やっと念願がかなった。
 下が彼のホームページです。
http://www.shakerworkswest.com/
 今回、ケンのテーブルからは、レトロなラジオを1台買った。
 そのラジオは、すでにイエローサブマリンの棚にならべてあります。

ケン・ビアー氏と

近況③「ルーシーさんとの写真」

 ルーシー・マロニーさんのことは過去何回かここに書いたことがある。
 シカゴのショー会場には、もちろん彼女のテーブルもあって、ディーラー名は「デザイナー・ドッグ・ミニチュア」という。
 さっそく会いに行き、下のような写真を撮った。
 前回(2008年)は、中日(土曜日)の夕方に、会場横のレストランで、彼女といっしょに食事をしたのだが、今回は、あいにく都合がつかず、また次回ということに…。

 以上でシカゴのはなしはおしまいです。
 そして次は、いよいよ普天間(ふてんま)です。
 ん、なんか、ちがうなぁ~、あ、そうだ!普天間は、ハトヤマさんで、おいらはデザフェスだった、ごめん、ごめん、次はデザフェスです、ああ、あぶない…。
 ハトヤマは、じゃない、じゃない、Hagaは、だよ、5月15日と16日の2日間、普天間飛行場で、おっと、ちがう、ちがう、東京ビッグサイトだよ、東京ビッグサイト、そこで開催される「デザインフェスタvol.31」に出場します。
 やーばい、やばい、非常にやばいぜ、こりゃあ、なんでもかんでもが、みんな普天間の方向にいっちゃうんだから、デザインフェスタをやるのは、沖縄の普天間飛行場ではなくて、東京の、ビッグサイトだからね、絶対に間違わないでね、たのむぜ、ベイビー。
 ——-詳細は左のインデックス「展示会情報」で。

ルーシーさんと


2010年5月8日

近況①「シカゴのこと」

 4月16日からの3日間、米シカゴのホテルで開催されたミニチュアショーについて、改めて、きょうは標準語で。
 4月15日午後3時30分、シカゴ「オヘア空港」着。
 そこでひとりの日本人青年と遭遇。
 その青年、横山裕亮さん(29才)は、成田からオヘアへ到着後、直後の継続便でマイアミへ飛び、そこからさらに飛行機を乗りかえてブラジルの奥地へと向かう予定だった。しかし運悪くマイアミ行きの便に乗りおくれてしまい、次便が出る翌日までどこかで待機せねばならぬのだが、英語がわからず途方にくれているという。
 「なら今夜ぼくの部屋に泊まったら?」
 で、はなしがまとまり、青年をひろって空港からホテルへ。
 —–下が宿泊ホテル「シカゴ・マリオット・オヘア」のウェブサイト。
 http://www.marriott.com/hotels/travel/chiap-chicago-marriott-ohare/
 そんな事情から、このたびの搬入と陳列はその青年が手伝ってくれ、おかげで難なく完了。そして青年がマイアミへ去ったあとは、こんどは「さかつう」(巣鴨のホビーショップ)の坂本直樹さん(33才)がぶらりとやってきて「手伝います」という。それからの3日間、彼はじつに気の利いた気配りで接客や販売、ときには商品の説明までをこなしてくれた。横山さんといい坂本さんといい出かけるまえには予想だにしなかった若手サポート陣の登場によって、前回ここに書いたようなしんどさは、さほど感じずにすんだ。また、うちの倶楽部からは古橋いさこさんと正影智子さんのご両人が、ご夫婦でいらっしゃっていて、常にそばにいた。したがってあんまり英語を話す必要もなく、言葉で悩まされることもほとんどなかった。
 しかし肝心のショーは、時をおなじくして発生したアイスランドでの火山噴火のため、ヨーロッパからの飛行機便が途絶え、いつもの7掛け程度の客の入り。加えてドバイショックの影響か、普段じゃんじゃん買うはずのオイルマネーのやからが見あたらず、盛りあがりはいまいち。そんな中、客としてやってきた約10名のジャパニーズウーマンたちは、だいたいみなさん、ひとり100万円程度は買っているご様子だったので、ここミニチュアショーの現場に限っていえば、ジャパンマネーの威力はまだまだ健在、アキバではあんなに元気なチャイニーズたちも、ここシカゴには姿をあらわしていなかった。

会場は3つの広間とひとつの通路で構成されていた
写真は一番大きな広間

近況②「ミニチュアコレクター誌のこと」

 シカゴでは「さかつう」の坂本直樹さんがぼくのテーブルを手伝ってくれた、とさっき書いた。同時に彼はスイスイと、じつに身軽に会場を歩きまわり、しょっちゅういろいろなものを買ってきた。
 「こんどは、これ、買ってきました…」
 と、そのときは、ミニチュアコレクター誌のブースから、4~5冊の雑誌を買ってきて、わたしの横でパラパラっとめくってみせた。
 そこではじめて気がついた。
 「え、それって、オレの作品だ!」
 というわけで、米ミニチュアコレクター誌の、2010年3月号に、拙作「石ノ森章太郎の机」が掲載されているのを発見! 彼がそのときその雑誌を買ってこなければ、おそらく永遠に気がつかなかっただろう。

上の雑誌は下のホームページで買うことができます
www.scottpublications.com

近況③「月刊美術のこと」

 すべてのショーが終わり、成田からの帰り道、リムジンバスの車内で携帯が鳴った。出ると月刊美術編集部の下川拓郎さんだ。「例の芳賀さんが掲載された雑誌ですが、やっとできあがりましたので、いまからお届けにあがろうかと…」
 「OK、5時半には家にもどります」
 「了解」
 てなわけで、帰国の荷解きもせぬままに、またまた家の前の焼肉屋へ。まずは「お帰りなさーい!」「カンパーイ!」のあと、さっそく雑誌をめくってみた。
 「へえ~、かっこいい写真だねぇ~」
 「カメラマン王君をほめてあげてくださいよ」
 「でも文章もいいよ。電気スタンドの薄明かりのむこうで、面相筆を操りながら作家がつぶやいた、なんてフレーズ、なかなか出てこないよ」
 「ええ、わたしも12年やってますので…」
 そんな会話を聞きつけて、店のママが寄ってきた。
 「ちょっと、わたしにも見せてよ、え、これって、あそこの部屋なの、まあかっこいい! うちも本屋さんへ行って一冊買ってこようっと…」
 言いながら彼女は、わたしの手元から雑誌を取りあげて、いつのまにか店の奥のほうにいるマスター(旦那)のところへ持って行ってしまった。
 ——-な~んだよ、バカヤロー、せっかく見てたのに~。
 持っていかれてしまったのは「月刊美術」5月号、その「アトリエビュー」というページに、ぼくのアトリエのすばらしい写真が載っている。ママさん本当に買ってくださいね、そしてみなさんもね。
 ただいま全国の書店で販売中!

「月刊美術」5月号/実業之日本社発売


2010年5月1日

近況①「シカゴでの収穫」

 まんずは下の写真を見ちょっとよ。
 ごっついもんやろ。
 けんどよ、ドバイショックのあとやさかいに、今回オイルマネーの連中が来やせんで、ゼニぃの高さは前回(2008年)よりも、だいぶん低なったんよのおぉ。
 ショーの終いの日ぃに、ホテルのへやさにこもりおって、おいどんがひとりでカネ勘定をしよって、しょんぼり写真さ撮ったんじゃい。くすん…。

近況②「40分の1トキワ荘」

 東京新聞4月11日朝刊に「40分の1トキワ荘」という記事を発見し、呼吸を忘れて数秒間、真剣にその写真を見つめてしまった。福井県の高間信夫という方が趣味でつくった作品だそうだが、あまりにもぼくのものに似ていたからだ。カベに立てかけたキャタツや、ベランダの内側に散らかったゲタの位置など、まるでそっくり。
 特にベランダのゲタは、このホームページに掲載されている写真には写っていないので、まちがいなく高間さんは萬画館に展示されている15分の1トキワ荘の、ベランダの内側をのぞいたハズ。そして2階の内部は80分の1トキワ荘に非常によく似ていた。つまりこの作品の作者は、ぼくのトキワ荘の、とても熱心なファンなのだろう。ならばこの欄を読んでいる可能性があり、そこで一言。
 のぶおさんねぇ、すんごい作品でねーが、おらーぁおったまげただぁ。

東京新聞4月11日朝刊
ベランダのはじっこ方にチラッとゲタが見えるでしょ?

近況③「アーマーモデリング」

 月刊「アーマーモデリング」(大日本絵画/発行)という雑誌の「人」というコーナーに、このたびHagaの活動が紹介された。雑誌が届いてはじめてわかったが、そのコーナーは表紙をめくってすぐの1ページ目にあり、めちゃくちゃ目立つ場所だ。
 アーマーモデリング編集の千谷さん、正木さん、ありがとう!
 おらーぁなー、おめーさんらの書いたものば、どえらい気にいりおったでぇ。

アーマーモデリング/2010年5月号


2010年4月25日

おいどんはシカゴじゃい

 飛行機がぶじ着きおったなら、おいどんはいまごろシカゴのホテルでグロッキーになっちょるころじゃろう。
 ここのしんどさは、デザフェスや生徒展とは比べもんにならんのよ。
 まんずは出かける前の準備で十分へこたれた挙句に、休むまもないロングフライトじゃ。時差ぼけのまんま搬入し、陳列じゃい。肉体的へろへろなところへもってきて、のべつまくなしにヤンキーの連中が、ごちゃごちゃわけのわからん英語ではなしかけてくるさかいに、精神的ストレスもごっついもんがあるんよのう。その上ビールはうまないし、レストランにはろくな食いもんがないんときちょる。ま、そんな過酷な状況じゃい。
 はよジャパンに戻りたいのお~。
 とは言ったけんど、きょうは写真があらへんのや。そんで、しゃあないさかいに、下においどんが大好きな「チェンバース・ストリート駅」でも見せちゃろうとおもうたんよ。これ、マンハッタンのど真ん中の駅なんよ。ウォール・ストリートのすぐ近所やけんど、かっこええやろ。ま、シカゴとは、あんまりカンケーあらへんけどな。

チェンバース・ストリート駅


2010年4月17日

おいしさで話をしよう

 上は、缶コーヒーの「ダイドードリンコ㈱」が運営するウェブマガジンにおける名物コーナーのタイトルだ。そこに今回Hagaが登場している(下)。
 http://www.dydo.co.jp/fan/oishisa/
 問われるままに約2時間、適当にしゃべったあれこれを、ライターの山田亜矢さんが拾い集めて、タレントの杉澤友香さんとの会話形式に仕立ててくれた。読むのはかんたんだが書くのはたいへん。山田亜矢さん、ありがとう!
 ところで取材当日、ダイドーさんからは、ダイドーのデミダスコーヒー60本をいただき、飲んでいるが、これがなかなかうまい。缶コーヒー苦手のぼくが言うのだから間違いない。みなさんも是非、買って飲むべし!

これがダイドーのデミダスコーヒーなのだ


2010年4月9日

ナンシーさんへの手紙

 このホームページの表紙の写真はだいぶん前から「馬具店」である。作品の依頼主は米・ナンシー・フローセスさん、表紙の写真を見てからは一刻も早く作品がほしいらしい。
 そんなことから今月ぼくがシカゴに行くときに、「コストを負担してもよいから、ぜひ馬具店を一緒に持ってきてほしい」というリクエストが、先月あった。
 そう言われてもモノが大きい上に破損も心配なので、研究してみるとだけ答え、それ以上の返事をしていなかった。 どう答えてよいか、わからなかったからだ。
 が、きのう意を決し、丸一日かけて、下のような返事を書いた。
 一種の“馬具店ネタ”としてお読みいただければと思います。

 親愛なるナンシー・フローセスさま

 【ケースA・わたしがシカゴまで運ぶ場合】
 まず、わたしの家から成田までの運搬に200ドルかかります。そして空港では受託手荷物が1個増えますので、超過料金がかかります。重さによって異なりますが、ユナイテッドの場合400ドル~600ドルだそうです。預かる際にコワレモノのシールを貼ってくれるそうですが、破損の責任は負えないとのことです。そしてこのケースでは誰かがオヘア空港までむかえに来てほしいのです。作品はひとりでは持てませんので。
 ——–コスト計:約800ドル

 【ケースB・運送会社に頼んだ場合】
 作品の運搬を運送会社「西濃運輸」に頼んだ場合、私の家からあなたの家までの運送代は800ドル、到着まで一週間だそうです。そして万一破損した場合、補償をしてくれるそうです。そのため、梱包をプロフェッショナルに頼まねばならず、それに約300ドルかかります。プラス損害保険料が約100ドルです。
 ——-コスト計:約1200ドル

 作品が完成した暁にはぜひあなたに一度見ていただき、どこも壊れていないことを確認してほしいと思っておりました。電球や電気配線のことを説明し、作品を分解するための手順をお見せしてから、引き渡すつもりでした。一番手前の電球を取り替えるためには、あるていど作品を分解する必要があるからです。
 しかし【ケースA】、【ケースB】いずれの場合もそれらの説明はできません。でも仕方ありません。あなたがお望みならば、いずれの方法でも手配をいたします。
 なお以前、作品に台がついた状態での図と寸法を郵便でお送りいたしましたが、今回お示しした料金は作品本体のみ(台なし)の値段です。
 どうぞよろしく。

 ——-以上がナンシーさん宛ての手紙だ。
 最初は長かった手紙を大幅に圧縮し、最終的に上のような長さにまとめ、もちろん英語に翻訳して送った。が、返事はまだ届いていない。

台座がついた状態での「馬具店」
上半分が作品本体です


2010年4月3日

月刊『悠+』(はるかプラス)

 月刊『悠+』(はるかプラス)という小中学校の校長、教頭先生向けの教育雑誌がある。毎号学校経営に関する諸課題についての特集を組み、日本の教育界にさまざまな情報を発信している専門誌だそうだ。
 そのような気高い雑誌の巻末に、この4月から一年にわたって「カリスマ模型師・芳賀一洋の世界」という連載コーナーがお目見えすることになった。
 ちっとも勉強をしなかったおいらが、そんなところに連載されていいのかよ、記事も自分で書くことになっている。
 その第一回目(4月号)が下のように刷りあがり、先日編集部のひとがわざわざ家まで持ってきてくれた。片面1ページのみのコーナーではあるが、雑誌購読の申し込みハガキがはさまった場所なので、自然にぼくのページが開いてしまうという、しびれるようなグッドポジションである。
 ———-「はるかプラス」編集の西山さん、ありがとう!

『悠+』(はるかプラス)4月号
発行:㈱ぎょうせい


2010年3月28日