クラブ活動のこと

 去年終了した千石教室・昼クラスのメンバーがときどき集まって、和み会という同級会を開催している。直近では8月28日(土)に開かれ、その模様を佐野会員がレポートした。
 ——-いや~この同級会が素晴らしいんです。それぞれ皆さんが手掛けておられる途中過程の作品や、完成した作品、あるいはそれらの写真を持ち寄って制作技法などの情報交換をされておられるのです。
 この日の出席者は吉澤三喜男さん、加藤健次さん、重実博幸さん、多賀誠さん、井岸一臣さん、そして紅一点井上由理さん。それと今回初めて開催場所として事務所を提供された千石教室の世話人?山下健ちゃんでした。
 井上さんは倶楽部員にはなっておられませんが、お持ちになった制作途中の作品にビックリ仰天。かつて井岸さんの、缶づめの空きカンを利用した、芳賀先生流ストラクチャー作品に驚愕したことがありましたが、井上さんは芳賀教室で習得されたテクニックを以前から楽しんでおられ、見事に作品に応用されていました。
 そんな井上作品は下のホームページで見ることができます。
 http://miniaturehouse144.web.fc2.com/index.html
 当日、吉澤さんは、LEDの配線について説明をしておられましたが、以前鉄道模型コンベンションで拝見した吉澤作品の一つはLEDを見事に使いこなしたものでした。そして加藤さんは、現在取り組んでおられる肉屋と豆腐屋の制作初期の過程をお持ちになって説明しておられました。それらは前回の作品展で拝見した実家の炭屋や、氷屋の向かいにあった商店だそうです。重実さんは制作途中の写真を持参されました。トトロの家(1/80)です。これは今秋の作品展で拝見できるはずです——-。
 (以上、佐野レポートからの抜粋。)
 この同級会にはぼくも誘われていたが、あいにくこの日は自由が丘教室の開催日に当たっていて、出席できなかった。
 また、おなじ日には、ドールハウスの相澤親分や北海道のスギちゃんらが池袋でミニチュアのショーを開催し、更にそのまた別のグループは、千葉の藁葺き民家で「合宿」と称し一泊するなど、会員それぞれが別々のアクティビティーを楽しむという、うちの倶楽部にとってはまことに充実した一日となった。
 下は合宿翌朝の写真。
 全体に二日酔いのムードが…。

左からフラメンコのナベちゃん、時計屋のイケブチさん、コピーライターの羽賀さん
おフランスのいづみちゃん、アラサーのらるかちゃん、ジャズダンスのミコちゃん
等々力のおみつ、シブクラ会長のしんちゃん。


2010年9月4日

月刊「悠+」(はるかプラス)9月号

 月刊「はるかプラス」の9月号が発売になっている。連載中のHagaコーナー、今月の作品は「石の家」です。
 以下記事より。
 写真は倉本聰原作によるフジテレビの人気ドラマ「北の国」からに登場する石の家である。川原から石をひろい、実際にこの家を建てたという局の美術担当プロデューサーから依頼され、2004年9月に制作を開始した。
 その前年、テレビ局の案内で現地富良野を視察している。
 まずは実物石の家を見て、あとは主演田中邦衛お気に入りの温泉で湯につかった。そして夜は森林の地下深くに潜む倉本氏行きつけの秘密クラブへ。なんとそこには倉本聰が!
 そんな贅沢視察にバチでもあたったのか、つくりはじめてからは塗炭の苦しみを味わい、それでも作品は2005年1月、みごと完成した。
 —–以上が今号の記事だった。
 これに少し補足する。
 午後9時。ぼくらの乗った4WDはゆるやかな起伏の富良野の大地をすべるように進み、やがて森のでこぼこ道へと突っ込んだ。上がったと思ったらガクンと下り、右に折れ左へ曲がる。ヘッドライトに揺れる木々が次々と後方へさってゆく。そんな道をしばらく走ってから、車はちょっとした広場のようなところに出て止まった。
 案内役であるフジテレビのUプロデューサーが
 「3~40分ここで待ってて…」
 と、ドライバーに声をかけ車をおりた。うながされてぼくも車をおりる。Uさんのあとをついて月あかりのなか、足元を確かめながら20メートルほど歩く。そこに一本の蝦夷松の大木があった。そのまわりが潅木の茂みになっていて、茂みのなかに石積みの祠(ほこら)のようなものがある。ちょうどぼくらがそこまで来たとき、突如目の前のなにかが開き、ぼんやりとした光につつまれたエレベーターが出現。
 あっけにとられているぼくを尻目に、躊躇なくUさんがそれに乗り込む。
 ぼくも後につづいた。
 そのままわれわれは地下へむかって降下し、約10秒後、エレベーターの扉が開いた先はまるで六本木だった。
 30坪ほどのクールな空間に軽快なモダンジャズが流れ、着飾った男女20名あまりが、わいわいがやがや群れていた。その後方にビカッと黒光りのするバーカウンターが。
 倉本聰はその一番奥の椅子でグラスを傾けていた。

「悠+」(はるかプラス)9月号より
発行:㈱ぎょうせい


2010年8月28日

コングラッチュレーションズ!!!

 2003年、ニューヨークで雑誌のエディターからインタビューを受けたときのことを以前ここに書いたことがあった(2010年3月15日付)。
 以下はその付け足しみたいなはなし。
 このインタビューはその年の春、突然申し込まれた。しかしわざわざそのためだけに渡米するのもなんなので、同年9月にニューヨークで開かれることになっていたミニチュアのショーに、急遽飛び入り参加することとし、インタビューはその前日に受けた。
 そして翌日、ショー会場はマンハッタンのど真ん中、タイムススクェアーに聳える高層ホテルの一室である。だからこのときのショーには力が入った。そのような場所に自作を展示するなんてこの先二度とあるまいと考え、小型作品数点に加え大型アートインボックスも4点持参し、イーゼルに乗せて陳列した。それが功を奏したのか、某ミニチュアミュージアムのキュレーターに気に入られ、拙作1点が現地ミュージアムに展示されることとなった。またある中年のご婦人が何回もぼくのブースへやってきて、ことのほか作品をほめてくれた。それがナンシー・フローセスさんだった。彼女とはここで出会い、その数年後、盗っ人リバーの馬具店の制作を依頼されることになったのである。
 —–以上まで、本当はこのはなし、馬具店ネタとして作品を納入する前に書くつもりだった。が、ずるずるしているうちに、とうとうきょうになった。

 《追記》
 いま、大型アートインボックス4点をイーゼルに乗せて展示したと書いた。しかしそれだけの荷を現地まで運ぶのはたいへんなことだった。でっかい箱が12個もあったのだ。だからこのときは8名の仲間を募って成田を発ち、全員で手分けしてそれらの荷を運んだ。
 ジャズダンスのイナバちゃん。その友人であるマキちゃん。コミックライターのエリちゃん。ヤングウーマンのかおりちゃん。&ヨーコちゃん。イケメンのトモタロウ。三井ホームの池田婦人、&池田ジュニアの、計8名のみなさんが手伝ってくれた。
 それから7年経ったことしの夏。
 仲間のひとりに祝儀があり、ひさしぶりに当時のメンバー数人と会った。今月1日池袋で撮られた下の写真には、ぼくを含めて4人のニューヨークメンバーが写っている。
 「コングラッチュレーションズ!!!」

中央がかおりちゃん。その右がヨーコちゃん。
右から二番目がイケメンのトモタロウ。そして一番左がぼくです。


2010年8月21日

不思議な部屋

 このあいだアパートの二階から火が出たとき、駆けつけた消防隊員は真っ先にすべての部屋のドアを開けた。カギがかかっていた部屋はぶっ壊してでも開け、逃げ遅れたひとがいないかを調べた。
 写真は、そうして開けられてしまったドアーのひとつ。
 ここは一階なので、さいわい炎はまわっていない。
 この一室の住人であるMさんは26歳で沖縄から上京し、すぐにこの部屋に入居した、知的でもの静かな青年だった。それから30猶予年。彼はずっとここに住み、いつしかこのぼろアパートの壁や柱と同化してしまったかのような、目立たぬ存在となった。しかし、どういうわけか年々ゴミを溜め込み、そのため最近ではゴミと天井とのちょっとした隙間で暮らしていたらしい。そして廊下に人がいないのを見計らって、こっそりとドアを開け、ひょいと飛び降りるようにして外出していたそうである。そうやって部屋から出てくるMさんと、ばったり出くわしたことがあるというむかいの部屋の住人は
 「そりゃあ、最初はびっくりしましたよ、でもそのうち慣れちゃいました」
 と言って、ワッハッハッハーッ、と豪快に笑った。
 だがどうやって部屋に入るのか、よくわからない。もしかしたらキャタツのようなものを使ったのか。
 不思議な部屋である。

驚きの表情を浮かべる隣の部屋の住人


2010年8月13日

森さんの作品

 自由が丘教室の森加代子という生徒さんが、ぼくの工房へやってきたときのことである。結束という別の生徒から彼女の作品について聞いていたぼくは、かる~くこう尋ねた。
 「結束ちゃんから聞いたんだけど、森さんの作品って、すごいんだって?」
 すると森さんは
 「アッチャー! チクッタのか! あいつめ!」
 と、うめいて、自分のあたまをパーンと手で叩いた。
 「作品の写真、見せてよ…」
 と言うと、イヤイヤでもするように身をよじり、どうも、かくしたいようだった。だが、かくされると、ますます見たくなるのが人情である。この日森さんと一緒に来ていたふたりの生徒らが、わー!見たい!見たい!と声をあげた。
 それで仕方なくしぶしぶ彼女はカバンの中から下の写真を取りだし、見せてくれた。
 見たとたん、ぼくを含めた計3名が「おー!スゴイ!」と一斉に叫んだものだから、もうたいへん。森さんは一躍スターのようになっちまったのである。ブログもあるっちうこつやけん、開いてみよるに、そきゃーにも、またぎょーうさんの写真が。
 ——森さん、なんしてそないに、かくすんじゃい?
 森ブログ:http://mucha7.exblog.jp/

森加代子作:靴屋
縮尺:1/12


2010年8月7日

コーヒーブレイクに

 先月ここでアジェの写真集を紹介した。それはドイツのタッシェン社から出版されたものだった。そのタッシェン社から、こないだぼく宛にタッシェンのカタログ本がとどいた。
 ひょんなことからその会社の社員がこのブログを見て、アジェが取り上げられていることを知り、とても喜んでいるそうだ。そのことを加藤裕一という生徒が知らせてくれ、社員氏から預かったというメッセージとともに、なんともゴージャスなカタログ本3冊を、わざわざ家まで届けてくれた。この暑いさなかにである。
 ——タッシェン社の社員氏と加藤裕一氏に御礼を申し上げます。
 その加藤氏には山桁丈三という別の名前がある。
 その名を名乗り、もっぱら熟年オタクらのアクティビティーやその集いにスポットをあててレポートし、現在彼が所属している倶楽部のホームページに紹介するという、裏の仕事をやっている。
 そういうわけで、加藤氏がカタログ本を届けてくれた日には、同時に彼は、ぼくのおんぼろ工房でパチパチいっぱい写真を撮って帰った。そして、それらの写真が下記ホームページ、「コーヒーブレイク」というセクションに、すでにアップされている(7月24日付)。
 まことに地味な内容ではありますが、御用とお急ぎでない方は、あとでちらっと覗いてやっておくんなせえ。
 http://www.ne.jp/asahi/tsmc/net/

タッシェン社のカタログ本


2010年8月1日

近況①「鉄道物語」

 ひさしぶりにきょうは近況報告三本立てだ。
 三本とも拙作にかんする掲載誌の紹介である。
 最初は「Railway Art 鉄道物語」という鉄道写真満載の写真集のこと。この写真集の第二部に、鉄道絵画や模型作品も掲載されていて、そこに拙作「真岡駅」が紹介されている。
 まことに素晴らしい写真集である。ちょっと高いが(定価3000円)てっちゃんたちには絶対おすすめの一冊、しびれるような写真がいっぱい載っている。

「Railway Art 鉄道物語」より
発売:㈱ARTBOX

近況②「月刊『悠+』(はるかプラス)8月号」

 今月の「月刊・はるかプラス」での掲載作品は「白い石炭商人」。
 —–以下記事より。
 上はおととし完成したアートインボックス作品(縮尺12分の1)である。1945年にフランスで発売された写真集から、左の写真をもとに制作した。
 看板に「AU BOUGNAT BLANC」とあるが、これを直訳すると「白い石炭商人」という意味になる。しかしなんでそれが店の看板になっているのか、たまにファンメールをくれるフランス人にたずねて、やっとその答えがわかった。
当時は石炭の時代である。多くの石炭商人たちが町を闊歩していた。概して彼らは大酒のみで、リカー酒に白ワインを混ぜて飲んだ。転じてその酒が「白い石炭商人」と呼ばれるようになったのだそうだ。
 つまり看板に「清酒・白鶴」と書いてあるようなものである。

 以上、この連載ページでは、3回つづけてアートインボックス作品を紹介したので、次回9月号では、すこし目先をかえて「石の家」でも取りあげようとおもう。

「悠+」(はるかプラス)8月号より
発行:㈱ぎょうせい

近況③「悠日2号」

 雑誌「悠日」の第2号が発売された。今号では拙作「ニコレットの居酒屋」が紹介され、この作品を説明するために、毎度お馴染みの制作秘話を、改めてまた書いた。はじめて読む方もいらっしゃると考え、少し長いが下にその全文を掲載する。
 以下本文。
 2006年10月20日、禁煙グッズ「ニコレット」の新しいテレビCMを制作中という方から連絡があった。
「今度のCMでは背景に居酒屋を使う予定だが、それをミニチュアでつくりたいのです…」
 聞くと撮影は11月9日と決まっていて、これは変更できない。すると制作には最大でも18日しかかけられない。ミニチュアが無理ならば実物大のセットを組むつもりだという。四の五のを言っているひまはないようだ。無謀にもOKしてしまった。
 ニコレットのテレビCMのことはご存知だろう。不気味な顔をしたタバコのお化けが登場するあのCMだ。このとき制作を試みていた新バージョンは、背広姿のサラリーマンが昼食を終えたあと一服したくなり、そこにタバコのお化けがあらわれ、誘惑するというストーリー。したがってこのとき依頼されたのは、居酒屋ではあるが昼は定食サービスもやっている、庶民的、大衆的飲食店の内部造作をつくることだった。大きさや、かたちなど、すべてまかせるとのこと。
 さっそく行きつけの飲み屋へと走り、店内のディティールを調査し、あっさりとした絵を書いた。そんなことに貴重な数日を費やしたあと、その絵に似た、やや小ぎれいな店を目指して制作をスタートする。まずは30個ほどのイスがいるので、それからつくりはじめた。
 その直後、CM監督がお気に入りだという墨田区森下町にある「山利喜」(やまりき)というもつ焼き屋の内部写真がとどいた。なんとも殺伐とした店の雰囲気である。なら早く言ってくれよと思ったが仕方がない。急遽小ぎれいムードから殺伐ムードへと路線を変更し、以後、不眠不休の突貫作業を経て、作品は撮影当日の朝5時に完成、ただちに二子玉川の撮影スタジオへと運ばれた。
 上がその居酒屋である。
 イスやテーブル、床、壁、天井や、カウンター席や、食器収納用の戸棚や、業務用冷蔵庫や、旧式のエアコンなど、基本部分はぜんぶぼくがつくった。しかし、なにしろ時間がない。食品や、調味料や、皿や、箸や、どんぶりといった小物類は、同業者・よしだともひこ氏に制作を依頼、目の覚めるような値書きビラもよしだ氏の作である。
 —–実際のCM映像は、実写撮影による人物との合成によって制作され、06年年末から07年年始にかけてしきりにオンエアーされた。

 以上がぼくのページだが、「彫刻家山田康雄の木の美術館を訪ねて」という巻頭特集や、「古民家で味わうイタリア料理のこと」など、栃木で悠々と暮らす自遊人たちの和題満載の雑誌「悠日2号」は、ギャラリー悠日が制作している。東京ではなかなか手に入らないと思うので、ほしい方は直接Hagaまでご連絡ください。

雑誌「悠日2号」より
発売:ギャラリー悠日


2010年7月25日