このあいだアパートの二階から火が出たとき、駆けつけた消防隊員は真っ先にすべての部屋のドアを開けた。カギがかかっていた部屋はぶっ壊してでも開け、逃げ遅れたひとがいないかを調べた。
写真は、そうして開けられてしまったドアーのひとつ。
ここは一階なので、さいわい炎はまわっていない。
この一室の住人であるMさんは26歳で沖縄から上京し、すぐにこの部屋に入居した、知的でもの静かな青年だった。それから30猶予年。彼はずっとここに住み、いつしかこのぼろアパートの壁や柱と同化してしまったかのような、目立たぬ存在となった。しかし、どういうわけか年々ゴミを溜め込み、そのため最近ではゴミと天井とのちょっとした隙間で暮らしていたらしい。そして廊下に人がいないのを見計らって、こっそりとドアを開け、ひょいと飛び降りるようにして外出していたそうである。そうやって部屋から出てくるMさんと、ばったり出くわしたことがあるというむかいの部屋の住人は
「そりゃあ、最初はびっくりしましたよ、でもそのうち慣れちゃいました」
と言って、ワッハッハッハーッ、と豪快に笑った。
だがどうやって部屋に入るのか、よくわからない。もしかしたらキャタツのようなものを使ったのか。
不思議な部屋である。
2010年8月13日