毎年この時期になるとSさん(元生徒)が倒れた日のことを思い出す。
そのころSさんは、休みになると常にボクのスタジオへやってきて作業をしていた。暮れも押し迫った2016年の12月29日も、この日彼は午前中からやってきて、当時自由が丘の教室で制作中だった「トキワ荘(1/50)」を一日中つくっていた。(いわゆる自習ってヤツである)。
やがて午後6時になって
「そろそろ切り上げてメシでも行きますか‥」
と、声をかけると、彼はうなずき、机の上をかたづけはじめた。だがすぐにその手を止めて無言で立ち上がり、スタジオから外へ出て行った。出て、数歩あるくと、建物とブロック塀に挟まれた幅60センチほどの小道の先にトイレがある。もちろん彼はそこへ向かったのだが、扉を閉めずに行ってしまい、12月の冷気がスースースタジオへ流れ込んできた。
あたりはもう真っ暗だ。
すぐに戻ると思い、扉をあけたまま帰りを待った。
しかし10分経っても彼は戻ってこなかった。
見にいこうかとも思ったが、それはご遠慮し、代わりに耳を澄ますと、かすかにオーイ、オーイと叫ぶ声が、闇の向こうから聞こえたような気がした。あわてて声の方向へ駆けつけると、彼はトイレのすぐ手前の、暗くて狭い地面の上に倒れていた。
すぐに救急車を呼ぶと同時に、わたしは彼を明るい玄関のタタキの上へと引きずり出した。しかしまあ力の入っていない人間のなんと重たいことよ。
やがて彼は救急車で東十条の病院へ運ばれ、脳溢血と診断された。
それから8年‥。
当初はまったく動かなかったSさんの体も懸命なるリハビリの甲斐あって、介護者を伴ってではあるが再びボクの教室へ顔を出してくれるまでに回復した。しかしこうしてまた年末を迎え、年の瀬も25日を過ぎると、どうしてもこの日のことを思い出す。