「困ったな‥」

 ギャラリーICHIYOHへご来場いただいた方々に必ずたずねる。どの作品がいちばん好きですか‥と。すると、たいがいのひとは
「えーと、マンガを描いている人の、ボロっちい家‥‥」
 みたいに答える。要は「マンガ家の家」のことだ。これが一番人気である。(家と家がかさなって字ズラがわるいので、正式な題名は「青春の北池袋」としているが‥。)
 2番人気は「東家(あづまや)」だ。
 来場者全体の約7割がマンガ家の家を、2割が東家を、そして残り1割の方々が、てんでんバラバラにいろんな作品の名前を言う。もしここに「ニコレットの居酒屋」があったら断然第一位だろうが、ニコレットはもうない。
 なので現状一位の人気者は、まちがいなくマンガ家の家である。したがって当ギャラリーでは、それを部屋の真ん中に置き、まわりが引き立て役になるように、考えて配置している。
 ところが、である。
 この人気者をもうなん年もまえから狙っている御仁がいて、数年まえ、とうとう「買いたい」とまで言い出したことがあった。
「ま、そのうちね‥」
 と、そのときわたしは否定も肯定もせず、そんなふうに答えた。するとそのかたは半年にいっぺんぐらい、マジな目つきで「そのうち」ですよね…と、逆にわたしに念をおすようになり、そのたびに一抹の不安を感じていた。
 そして、不安は突如現実となった。
 暑いあついこの7月の、22日の昼ごろ。彼は奥方とともに風のようにあらわれて、ほんの20分ほどで、ブツを持ち去って(つまりお買い上げになって)しまったのだ。彼らはマンガ家の家と一緒に故郷の四国へ帰り、これからは,夫婦ふたりだけの悠々自適の生活を送るのだそうだ。どうかお幸せに !!
 さて、人気者がさった穴をどう埋めるのか。
 かなり困っている。

この作品(1/15)を過去4回つくったが、今回の一件でぜんぶなくなってしまいました。最初は2002年「ある漫画家の部屋」という題名でつくり、次は2003年「庚申塚の借家」という題でつくった。そして3作目と4作目はおなじ題名「青春の北池袋」としてつくった。写真の作品はその3作目で、今回売れたのも、この作品です。ちなみに机のうえのマンガの原コウは4作すべて、つげ義春氏が貸本屋時代に描いたといわれる「腹話術師」を使っています。