ヨシミツさんの一文

 フェイスブックフレンドのヨシミツノブヒコ氏と酒を飲んだ。ヨシミツ氏は文章を書くのが大好きな男。少ししたころ、自叙伝を書かないかと持ちかけてきた。
 「はがさんはただしゃべってくれればいいですよ。それを僕が文章にまとめますから…」
 「なに言ってんの、そういうものは偉い人が書くもので、俺のようなつまらない人間の自叙伝なんて誰も読まないよ」
 「いや、そんなことはない!」
 「いや、書かない!」
 たちまち押し問答になり、「そんなに書きたいんなら、俺のブログでも書いてよ、毎週ネタがなくって困っているんだから…」と、頼んだところ、あっさりOKになり、3日後に下の一文を送ってくれた。
 ——以下、ヨシミツ文。

このふたり、どうにもこうにも、何もかも、違う。
年齢も、出身地も、仕事も、好みの音楽も。
「ジャズはたしかに好きなんだけどね、でも本当に一番好きなのは三橋美智也なんだよな」
相も変わらぬ濃いめのウーロンハイを口にふくみながら、意外な好みを語りだす、目の前の、初老の男。
一方僕はジャズはジャズでも、だんぜんスイング派だ。
酒も基本下戸である。たしかに目の前にはジョッキが置いてあるが、このビールだって、たいして美味いと思って飲んでいるわけじゃない。
「いつも焼酎ですけど、アメリカを横断されてた時はどうしてたんですか?」
「あの時は『いいちこ』を大量に持っていってたな。洋酒は、飲めなくもないけど、どうもダメ」
ビールを「ちびちび」飲む僕の横で、初老の男はウーロンハイをグイッと飲み干した。
本当に、何もかも違うふたりである。そもそも目の前の男性は、押しも押されもせぬ大先生であり、僕はというと、ただの根無し草だ。
そんなふたりにも、たったひとつだけ、共通点がある。
大先生は東京、僕は神戸と、生まれこそ違うが、根っからの都会人だということだ。
都会人の言い方を変えれば、シャイなのである。
「田中角栄はすごいよな。僕ら都会人はどうやったって、ああはなれない」
憧憬と軽蔑がない交ぜになった、都会人から見た地方人の代表として田中角栄の名前を挙げた。
と、思いきや、突然店員さんに声をかける。
「ちょっと写真撮ってよ」
Facebookにアップする用だという。
パシャ!
ま、写真になれば、オッサンと、さらに歳を重ねたオッサンでしかない。
「あの店員さ、ああ見えて孫が中学生なんだよ」
いつの間か、都会人の話もシャイネスの話もどっかへ吹っ飛んでしまった。
そう、だからいいんですよ。だからこの人といる時間が楽しい。
話が飛ぶってことは、あんまりひとつの話を掘り下げたくないってことだからね。だからこそ、こっちも気楽にいれる。
話なんて、どんどん変わって大丈夫。こっちは聞きたいことが山ほどあるんだから。それも仕事とはぜんぜん関係のない、ね。

 ———以上がヨシミツ文だ。小生のことを大先生などと書いてあり、実態とはかなり違うが、あえてそのまま掲載した。
 ヨシミツさんありがとう!

左がヨシミツさん


2016年4月23日