建物めぐり

 まだ詳しいことは発表できないが、最近ある方から明治期に建てられた建造物の模型化を依頼され、いろいろと古い物件を調べている。そんなことから五月晴れのある日、愛知県犬山市にある「明治村」へと調査に出かけた。帰った翌日には小金井の「江戸東京たてもの園」へも…。
 たいして期待してなかったせいか、両方とも非常におもしろかった。
 アメリカの建築家フランク・ロイド・ライト氏が設計したという旧帝国ホテルのエントランスロビーや、2.26事件で暗殺された高橋是清元首相の家など、多くの建物を見物し、たくさんの写真を撮ってきた。
 下はその中の一枚。文京区千駄木にあったという夏目漱石邸の玄関である。往時の建物がそっくりそのまま明治村に移築され、木立の中にひっそりと建っていた。漱石はこの愛らしい家の書斎で「我輩は猫である」を執筆したという。
 さっそく玄関をくぐり、ぼろっちい風呂場や台所を見物し、女中部屋や、さほど広くはない書斎を見たあと、奥の八畳間でゴロンと大の字になった。天井には無数のシミがあって、それが歴史を物語っている。縁側からさわやかな風が入ってきて、さらさらと畳の上を流れてゆく。
 なんとも贅沢なひとときを満喫した。
 それはいいんだが、このとき家の中にも外にもぼくひとり。他には誰もいなかった。見張りすらいない。こんな大事な建物に、客をひとりで勝手に上がらせておいていいんだろうか。ちと心配にはなったが…。

明治23年から約1年、森鴎外がこの家に住んでいた。
そして明治36年から39年まで、今度は夏目漱石がここに暮らしたという。


2008年6月18日