去年の秋に、「A Tiny House」(ア・タイニー・ハウス)という作品の写真を、かなり増やしたのですが、もうご覧になりましたか?
そもそもこの作品は、トキワ荘を制作したあとで大量の瓦があまり、それらを有効利用するために作ったものだった。だから以前から「トキワ荘」の項目の後ろのほうに掲載されていて、以前は佐藤紀幸カメラマンによる写真が3枚だけ載っていた。しかし後では8枚の写真を、新たに追加している。
実は私は、この作品をふたつ作った。
最初に作ったのは2002年、年明け早々の頃で、「庚申塚の借家」という邦題をつけ、完成直後には佐藤くんに撮影してもらったのだが、売れたので、再び作ることになり、今度は同年の春から約一年間、私が講師をつとめている工作教室の制作課題として取り上げ、生徒のみなさんと一緒になって作った。あとで作ったほうには「ある漫画家の住居」という題をつけ、伊藤誠一くんに撮影してもらった。(掲載ページで、撮影者Seiich Itoとなっているのが「ある漫画家の住居」で、同じく撮影者SATO Noriyukiとなっているのが「庚申塚の借家」である。)ふたつの作品は非常に似ているが、微妙な違いかあるので、あとでじっくりと見比べてほしい。両方とも貧乏な漫画家(つげ義春氏的な漫画家を想定)が、いま現在居住しているという設定の小さな一軒屋で、英題名は「A Tiny House」ということで統一し、スライドショーでは同一作品として掲載している。
そういう訳で、昨秋追加したのは伊藤くんが撮影した、あとで作ったほうの作品、「A Tiny House」の写真8枚である。
伊藤くんは、以前、少しだけ私の工作教室に在籍していたことがあり、プロではないが写真を撮るのがうまいので、当サイトでも数回彼の写真を使わせていただいたことがあった。また彼は模型の天才で、鉄道模型の分野では「名人」と謳われるほどの人物である。そんな彼が、昨夏開催した拙展(ステップス・ギャラリー展)の会場に顔を出したので、入口に飾ってあった後作(ニ作目)を撮影してもらったというわけだ。私が特に気に入っているのは最終ページに掲載した勝手口(実はこの家の玄関だが‥)を写した一枚で、写真としてムードがあるばかりか、壁の右上、「この家は絶対に売りません!」という張り紙が、かなり効いている。この文言は、後作にだけ採用したもので 初作では「ひったくりに御用心――肩掛け、前カゴ、暗い道――池袋警察署」という、あんまりぱっとしないものを使っていた。このフレーズは、近所を散歩しているときに見つけた。それをワープロで打って、ちょっと汚してから安易な気分で作品の壁にのりで貼り付けた。そしたらある日のこと、あるうるさがた(龐統ひろし)氏が訪れ
「芳賀さん、こんなところにワープロで書いた張り紙を貼ったらダメですよ、ちゃんと手書しなきゃ」
と、ピシャリと指摘された。しかし一度貼ってしまったものを到底はがす気にはならず、それは、そのままの作品としたが、後作を作る段では氏の意見を取り入れて、改良することにし、ついでに文言も変えることにしたのだ。また、そのために作品の題名までをも変更せざる得ないことになったという、いわくつきの張り紙である。一作目の題名である「借家」という定義のままでは、後作の張り紙である「家を売らない」というセリフが、どうしてもマッチしないからである。正しくは、「この土地と家屋は絶対に売りません」と、右に大きく殴り書きがあって、その横に小さく「賃貸しもお断りです」と、両方とも実にへたくそな字で書かれた、誠に味のある張り紙だ。しかし、それを貼ったのはこの家の持ち主であろうから、ここは借家ではない。
制作にまつわる苦労話の一端として、以下、少しだけこの張り紙についてを述べてみる。
張り紙や、各種看板の類いに関しては、私は過去たまにはワープロで済ますことがあった。しかしダメだとハッキリ指摘されたのではしょうがない。よって後作では他の方法を検討することにした。最初に考えたのは図書館で古い写真を当たり、その中から適当な張り紙を見つけて、そのまま拡大(あるいは縮小)コピーして、作品の壁に貼りつけてしまおうというものだった。私はさっそく近所の図書館に出掛けて、片っ端から「昭和の写真集」をめくり、丸一日かけて、よい張り紙を探したが、結局、適当なものは見つからなかった。
次の日は、池袋のジュンクドウ書店に出掛けた。
この店の9階、写真集の売り場には、フロアーの横に椅子とテーブルが置いてあり、調べものをするにはちょうどよいと思ったからだ。そしてやっぱり5~6時間、片っぱしから次々と昭和の記録写真をめくっていった。そうしてやっとある本の中に、件の文言を見つけることができた。しかしこのときにはその本を買わずに帰宅。「家は売りません」というセリフがいまいち作品にフィットしないと思ったからだ。なぜなら作品の家は小さくて、非情にボロい。そんな家の住人が「家を売らない」と主張するのは、少しヘンに感じたのだ。仕方がないので翌日またジュンクドウに出掛け、モアベターを求めて再びまた多くの真集を当たってみた。だがそれ以上のものは結局見つからず、多少不満が残るものの、この文言を採用することにし、やっと本を買うことにした。「東京・都市の変貌の物語」から、下に写真を一枚掲載したが、これは多分「地上げ屋」によって立ち退きを迫られた住人が抵抗している姿を写したものだと思う。ちゃんと読み取れるかどうかが心配だが、写真左下の立て看板には、件の文言が力強く記されている。
書体がグッドなので、さっき述べたように、最初はカンバン部分のみをハサミでちょん切って拡大コピーをかけ、そのまま使おうと考えた。そのままといっても、カンバンの下段部分は手前の障害物によって見えないので、そこは、破れてなくなってしまった状態の張り紙にするなど、ある程度の修正や、十分な汚しを加えてから、作品の壁に貼ろうと考えた。そして、その通りにやってみたが、どうも、あんまり良くなかった。元の写真がかなりボケていたので、それをコピーし、拡大したのでは益々ボケてしまい、この文言の持っている「強さ」がでないのだ。しょうがないので同じ文面を、今度は筆で自筆することにした。むしろヘタな字のほうが良いと思い、自分で書いてみた。午後中をつぶして何度も何回も書いてみた。が、やっぱりダメ。今度は、確かに字はクッキリしたのだが、書体が違うので、オリジナルのカンバンから立ち昇る「怒気」が、どうしても伝わってこないのである。散々考えた揚げ句、最終的には、写真の毛筆書体を、今度は鉛筆でなぞり、中味を黒く塗りつぶして、まるでそっくりの字を作ってみて、やっと満足のいく張り紙を仕上げることができた。
と、いうわけで、こんなものひとつにも丸4日が掛かってしまった。
しかし張り紙というものは、なかなかである。文字というものはインパクトが強いので、作品全体を左右してしまう力があるということは、龐統ひろし氏ご指摘の通りであった。そして「作品に対しての文言が若干ヘンではないか」という懸念は、さいわい杞憂に終わったようである。やっぱりこの場所には、この張り紙がピッタリだったと、自画自賛している次第であるが‥‥いかがだろうか。
以上、今回「A Tiny House」の写真を8枚、新たに追加してから約3か月以上が経つが、当サイトでは新しい写真でも後ろのほうに掲載されるシステムなので、まだご覧になっていない方もいらっしゃると思い、本日はこの作品にまつわる話題を取り上げてみた。
ほかにも、ここ数ヶ月のうちに‥‥
*「La Charrette de Pierre」(アートインボックス作品「ピエールの荷馬車」)
*「Rene le Serrurier est l’ami de la Resistance」(アートインボックス作品「錠前屋のルネはレジスタンスの仲間」)
*「YAMAHA YDS-1 CLUBMAM RACER」(「Plastic Models」の項へ掲載)
*「Small structures」(「Small works」の項へ掲載)
*「Montparnasse 19—-Small version」(「Small works」の項へ掲載)
*「October 2003 at Kotsu-Kaikan Hall in Yurakucho」(交通会館での生徒展風景「Scenes from exhibition」の項へ掲載)
等々、それぞれのページに、それぞれの写真を取り換えたり、増やしたりしているので、まだご覧になっていない方は、あとで是非チェックして下さい。
2004年2月12日