以前、拘置所に収監されている昔の知人から届いた手紙を紹介したことがあった。
先日ある方から
「あの人、まだ生きているんですか?」
と、心配そうな様子で尋ねられ、たまには気に掛けてくださる人もいるんだと、少し嬉しかった。
詳しくは2002年9月9日付けのトークスをご覧いただくとして、その男の名は小島素冶(こじま・もとはる)。当年とって62歳ぐらいのはずだ。天涯孤独の身のうえで、最近になって顔面に癌の腫瘍が発見され、生命の危機に瀕しているらしい。いっときぱったりと便りが途絶えたので、さては獄中死したのでは、と心配したが、その後また頻繁に便りが届くようになった。
実は、去年の暮れに、彼からは文中でカネの無心を受け(これは再々のことではあるが)キッパリと断ったところだ。先方は、拘置所暮らしのうえ、身寄りのない身となれば、ヘタをすりゃあ、こっちが死ぬまでの面倒を見なきゃならなくなる。だがあんまりにもお気の毒だったのでカネ以外のもの、つまり衣類や書籍などの物品や食物ならば、いくらでもお送りできると手紙に書いた。
ま、そんなことがあったもので、最近では、書籍をおねだりするための手紙が届くのだ。と、いうことは、彼がまだ元気でいるってことの証明でもある。
しかし良く書けた手紙で、電子メール全盛の今日では一種の文化遺産とも思うので再び紹介することにする。
以下は、今年の1月18日に、大阪拘置所から届いた最新の手紙である。
前略。一月十七日。神戸の方に向かって手を合わせる。
あなた変わりはないですか
日ごとに寒さが募ります――――
――はるみ節だとこう成ります。
その後、調子はどうですか。個展は盛況でしたか、次なる作品のテーマは何ですか。
「わたくし」此方は相変わらずの日常です。
深作欣二監督がお亡くなりになりましたね。深作欣二さんは世間で言うほどの巨匠ではありませんでしたが、映画界にひとつの疾風迅電(エンターテイメント)を興した存在であったと私は思います。彼が求めたものは、アーサー・ペンとサム・ペキンパーについて、だった筈です。
先の便りでは写真家ロバート・メイプルソープの伝記を書いているパトリシア・モリズロー嬢の文章の一部を書き送りました。突然に「何だコリャッ!」と思ったでしょ。あの中で「歩道には麻薬中毒者が‥‥ わたしは男をまたがねばならなかった‥‥」といった個所がありました。「跨ぐ」の言葉(単語)には以前から凝っていました。こうです。【edge(n)エッジ・境界】。「跨ぐ」は step over (across) で、境界はboundaryか borderですが、わたしは「edge」と書き、視覚的な意味も含めて(記号感覚で)私流に訳しています。即ち私流の感性の源である哲学・美学の「跨ぐ」の翻訳用語で、「エッジ」は「境界」となるのです。言葉や思想の発端にも、日常性の中にも「殺気」は含まれているということです。理屈っぽくなりました。
外界から遮断され、閉ざされた独居房にながく居座っていると、閃きとか瞬発力が衰えて、反応も鈍くなったりします。困ったものです。シャーロック・ホームズの天才的閃きを失ってはいけません。Haga’s ライブラリーにアーサー・コナンドイルの小説があるようでしたら送って下さい。先にお願いした書籍の諸々を含めて、こちらの追加注文のほうも宜しく頼みます。
追伸、
君の葉書にもありましたが、この癌という病は、確かに痛みが伴います。短い槍を持った小さな悪魔が左顔面を暴れ回って夜も眠れないことが繁々です。コノ野郎!です。痛み止めにモルヒネ同様に効くという強力な投薬で我慢もしていますが、上唇は腫れ爛れた状態で、味覚障害と耳の難聴も始まり、不快な日々が続いております。味覚の障害から食欲は殆ど無く、最近では小倉あん(あづき)とか飴ダマやチョコレートでやっと甘味が判るくらいのもので、年より臭くて色気もなく、何ともイケネーや。と、いったところです。
越冬をサヴァイバルかよチョコレート
こころ静かに春陽を待つ
以上が、この日に届いた手紙の全文である。内容は、毎回だいたい似たようなもので、導入部では文学や芸術を論じ、中盤では何かのおねだりと続き、最後はグチで終わるといった毎度のパターンだ。
しかし彼は、もう三年も収監されているのである。
2003年2月16日