「池袋ハンズの思い出」

    池袋の東急ハンズがとうとう閉店してしまった。非常に残念である。池ハンにはたくさんの思い出があるが下の一件が一番強烈だ。
   店がオープンした1984年のこと。
   その日は水道のパッキンを買いにハンズへ向かった。商品はすぐみつかったが売り場が大混雑(大繁盛)していて、とりわけレジの行列がすごかった。まだ今ほどのレジ台数はなく、配置も悪く、また、当時は見習い店員が多くて手際が悪かった。どのレジにも数十メートルの列ができていたが、仕方なくわたしもそれに並んだ。だが遅々として進まぬレジに業を煮やし、あきらめて列を離脱し、帰ろうとした、そのときに魔が差した。持っていた水道パッキンをスルッとジャンバーのポケットに入れてしまったのだ。
   万引きである。
   少額商品のせいか、ほとんど罪悪感を感じぬまま普通に店を出て数歩あるいたところで男にグイと左手首を掴まれ、そのまま事務所へ連れて行かれた。
 「ポケットのものをみんな出せ!」
   と命じられ、水道のパッキンや、財布や、手帳や、名刺や、車のキーなどをデーブルの上に出させられ、激しく叱責され、警察に身柄を引き渡すとまで言われ、真っ青になった。それが次第に「身元引受人が来れば帰してやる」に変わり、やがて「パッキン代数百円を払えば帰ってよい」になっていった。
   そのころわたしは常にカバンを持っていた。
   ポケットのものを出したあと、彼らはそのカバンにも目をつけ、中身をみせろと言いだした。
 「どうぞ勝手にご覧ください」
  と、カバンを差し出すと、すぐに彼らが点検をはじめた。すると出るわ出るわ東急ハンズ発行の「商品引き渡し証」が5〜6枚出てきた。(前金を払って商品を取り寄せる場合、カネを払った段階で「商品引き渡し証」がもらえる)。つまりわたしがハンズにとっての上客だということが図らずも証明されたわけで、急に彼らの態度が軟化したのだった。
  結局‥‥
  「もう二度とやるなよ」
   と、言われ、放免された。
   当たり前だがその後一回もやっていない。

上の事件(?)の直後、家へ帰って女房にはなしたところ「アンタ、そのことは絶対に誰にも言わないほうがいいよ‥」といわれた。しかし国会議員になるつもりはないし、なにかの叙勲を受ける予定もない。少しぐらい経歴に傷があってもよかろうと、37年ぶりにカミングアウトした。
——–池袋ハンズさん、その節はごめんなさい。改めてお詫びいたします。