「ねじ式」の背景

 4/25日付け当欄「人が来た」に才谷遼という人物が登場する。この方は中堅出版社の社長で、かつ「ラピュタ阿佐ヶ谷」のオーナーで、なおかつ映画監督だ。かつて彼が制作した「セシウムと少女」という映画では、依頼されて、劇中で使う「靜(しず)の部屋」という作品(1/12)を制作し提供したことがあった。また「ニッポニアニッポン/フクシマ狂詩曲」という映画では、わたし自身が一瞬出演するなど、なにかと手伝わされている。そして彼は、今度はつげ義春の古典的名作「ねじ式」を人形アニメ作品として撮ろうとしている。実は彼は阿佐ヶ谷にそれ系の学校「アートアニメーションの小さな学校」も持っていて、今作はそっちで撮影するつもりらしい。
 ちなみに彼の人形アニメは昔ながらのコマ撮りで行われ、CGは一切使わない。すると背景がけっこう重要になる。背景とはつまり模型のようなものなので、そこでわたしに白羽の矢が立ち「ねじ式」のために一肌脱いでくれないかという、ややこしいはなしになっている。ところがこっちは寄る年波のせいで、もう長いこと頼まれ仕事はやっていない。ましてやこれは重大任務。とてもよぼよぼ爺さんに務まるような仕事ではない。そう言ってお断りしている。
 その才谷氏御一行がこの暑いさなかに今週またお見えになった。例によって小一時間ほどギャラリーを見物したあと、そろそろ一杯いきますかと声をかけると
 「うん、そのために来たんだから‥」
 と、彼がうなずき、一同駒込の飲み屋へ。
 席に着くなり才谷氏は、「どうしてもはがさんがダメならば、はがさんの教室のどなたかに、いませんか、背景を任せて、仕切ってくれるようなひと? ぜひ紹介してほしいのですが‥」と、真顔でおっしゃるのだ。
 そこでお尋ねします。ぼくの教室の生徒さんか、あるいは元生徒さんで、彼の仕事を手伝える元気のいいひと、いませんか?
 いたら至急連絡をください!
 仕事の詳細や待遇等については会ったときにご説明します。
 質問も受け付けます。

右が才谷さん。
つげ義春は哲学的でアート性の強い作品ばかりを発表しているマンガ家。作品は講談社の「つげ義春大全」などで読むことができる。代表作「ねじ式」は1998年に浅野忠信主演で一度映画化されたが、原作には遠く及ばぬ凡作だったと、わたしは理解している。